イバラの道は、ポップに進め。アイドルが「社長」になるまで

シンガーソングライター兼レーベル社長、里咲りさ。その人生は、一言では語れない。有名大学に入学するも、1年足らずで中退。アイドルとして活動を始めた後には、アーティスト事務所兼レーベルを自力で立ち上げる。

「ぼったくり物販」というユニークな物販スタイルや、CD-Rでのオリコンランクインなど、注目を集めるネタには事欠かない。現在は、社長兼シンガーソングライターとしてその道を突き進む。

そんな里咲りささんと私…実は中学・高校の同級生なのです!部活(卓球部)もクラスも、ギターの授業まで一緒。同級生目線から初めて、彼女の魅力とこれまでの軌跡を辿ります。

シンガーソングライター社長の日常

-- ほぼ10年ぶりの再会…!嬉しいけどソワソワする(笑)

ね、なんか恥ずかしい…(笑)よろしくお願いします!

-- まずは、今どんな活動をしているか、教えてほしいです!

まずはシンガーソングライターとして、曲の作詞作曲と歌、ギターの演奏をしています。自分では歌わずに、楽曲だけ提供することもあります。

アーティストの事務所と音楽レーベル「HAWHA MUSIC RECORDS」の経営もしていて。事務所では「里咲りさ」の活動はもちろん、所属しているアーティストの仕事の管理もしているんです。

レーベルやっているのは、音楽制作の一連の工程。自分と所属の子の楽曲の制作からCDのデザイン、流通や卸しまでをやっています。

-- どんな日々を送っているの?

まず朝起きてメールチェックして、午前中は事務仕事。あとは取材やイベントに出たり、曲の収録があったり。ほぼワンマン社長なので、経理の仕事も自分でやってます!

音楽業と社長業の割合は、だいたい半分くらいかな。

初ステージは中学時代?

-- じゃあ早速、音楽業と社長業の二足の草鞋を履くようになった経緯を聞いていきたい!まずは私たちが同じ部活だった、中学校時代の話から聞きたいんだけど…

なんか本当に恥ずかしい(笑)!

-- 当時からりさは、文章が得意だった記憶があって。その頃から創作活動はしていたの?

音楽はずっと好きで、当時から授業中に歌詞を考えたりしていた気がする。何かを創作する仕事をしたい、というのも中学生頃からからぼんやり思っていたなあ。

中学時代は、今の仕事のいろんなきっかけになっているかも。覚えているのは、先生に頼まれて文章の朗読をしたこと。その音源が全校放送で、流れたことがあったんです。

それを聞いた当時の美術の先生が、「あなたの声は本当に良いから、声で食べていけるよ」と言ってくれて。とても嬉しかったんです。小さな成功体験だけど、その後の糧になっている気がするな。

-- そういえば私たち、中学で一緒にギターの授業取ってたよね?!

そうそう!あれがギターを始めた最初のきっかけ。授業で『空を飛べるはず』と『桜坂』を、一人づつみんなの前で弾き語りしたんだよね。「もうこんなの絶対できない!」と思ったくらい、緊張したのを覚えてる(笑)考えてみれば、あれが最初のステージかな。

-- じゃあ私は、里咲りさの記念すべき初ライブを目撃していたということか…!

「早くここから抜け出さねば」

-- 中学・高校と、りさは優等生のイメージが強かったなあ。

そうだよね、実は優等生のキャラはちょっと演じていた部分もあると思う。でも、中学・高校と6年間優等生をやり続けたら、何だか限界を迎えてしまって。特に高校が本当に自分に合わなくて、しんどかった。思い出もほとんんどなくて、部活もせずに授業が終わると一目散に家に帰ってたな。

-- 私も高校時代は本当に暗黒(笑)すごく真面目で、厳しい学校だったんだよね。

でも高校でも、素敵な先生に会うことはできたんです。そういう先生は、いろいろな社会経験を積んでいる人が多かった。だから「社会は面白い所に違いない、早くここから抜け出さねば」と考えていたのを覚えています。

-- そして高校を卒業して、私たちの連絡が途絶えてしまうわけですが…!大学は早稲田だったよね?入学は普通にしたの?

入学はしたんだけど、私たちが大学に入ったのって、震災があった年じゃない?それで授業開始が遅れてしまって。「そんなのもったいない」と思って、とりあえず1年間休学することにしたんです。

その期間にやりたいことを、色々やってみた。営業職として働きながらフォークソングコンテストに出てみたり、再現ドラマに出てみたり。

-- 本当に色々やってる(笑)

1年経って大学に戻ったんだけど、一度社会を経験したら、何だか周りと話も合わなくなっていて。ずっと音楽をやりたい、独立したいという思いは持っていたから、「ここでタイミングを逃しちゃダメだ」と思って、大学は辞めることにしました。

プロバイダー契約をするアイドル

-- 大学辞めたと風の便りで聞いたときは、びっくりしたよ…!その後はどうしてたの?

アルバイトをしながら、音楽関係の仕事がもらえるように事務所にも登録していました。でも事務所の方は、「良い案件があれば紹介します」という預かり状態で。そこでやっぱり一度実家に帰って、じっくりとやりたいことを考えようと思ったんです。

でも事務所に辞めるために最後の挨拶に行ったら、何と引きとめられてしまって。「有名な芸人さんが名付けた面白いアイドルグループに入れてあげるから、実家に戻るのは考え直しなさい!」と言われてしまたんです。

-- ふむ…。

当時の私は「これは絶大なチャンスだ!」と思って、二つ返事でOKしました。その仕事というのは、「家電量販店で働くアイドル」というコンセプトで。アイドル活動をしながら、家電量販店の店頭で普通に働くんです。プロバイダーの契約とか、ちゃんと取ってたよ(笑)

-- 何だか普通に想像するアイドルとは違うような…?

正直、フラストレーションは溜まってました。事務所に所属していると、自分で自由にやれないから。勝手に営業して取材案件を取ってきたり、イベントの改善案を出したりしていたんだけど、なかなか承認してもらえなくて。曲は大好きだったんだけどね。

正直、当時はお金も全然なくて。大きいグループだったし事務所のマージンもあるから、自分の元に入ってくる金額では、なかなか生活が苦しくて。「今月あと3万円足りない…」と、消費者金融の前でウロウロしていたこともありました(笑)

そして量販店で働く時間の方が長くなってしまった頃、きちんと考え直して。「私は家電を売りたいんじゃなくて、音楽がやりたいんだよな」と。

大学の入学金で起業の道へ

-- そんな時期があったのね…!それで独立の決意を?

そう。でもその前にもう少し回り道があって。実は早稲田大学は辞めたんだけど、もう一度勉強し直そうと思って、慶応大学を受験したんだよね。そして合格もできた。

でも入学金を支払う段階で、「このお金があれば独立できるよな…」と考え出して。結局入学金は払わずに大学は辞退。事務所も辞めて、入学金を資金に、音楽活動をするために独立しちゃった。

-- ロックン・ロールだなあ。独立して、どんな活動を?

シンガーソングライター「里咲りさ」としての活動と、自分も含めたアイドルグループと、そのアイドルを管理する社長業を同時に始めました。家電量販店のアイドル活動には正直少し疲れていた部分もあったんだけど、あるアイドルのライブに行った時に、衝撃を受けて。

その影響で、「アイドル活動も、自分でしっかり考えてやれば楽しいはずだ」と考えるようになりました。そうこうしているうちに、アイドル活動を管理するための社長もやる流れになってしまって(笑)

-- とはいえ、事務所に所属しないで自力でプロモーションするって、めちゃくちゃ大変だよね…?

確かに色々やってきました(笑)話題になったものの一つが、「ぼったくり物販」。

-- ほう…。

ソロ活動を初めて1年くらい経った頃かな。段々とファンの方もついてくれて、グッズが欲しいと言ってもらえるようになってきたんです。でもロット100個で作ったところで売れず、困っていた。

そんな時、ふらりと入った100円ショップで、タオルと肌着を見つけて。「これだー!」って(笑)ライブで、「今からこれにサインして、1000円で売ります!」と言ったら、みんな喜んでくれたのが始まりです。

--「ぼったくり物販」という名前は?

「ビートたけしのTVタックル」のアイドル特集で、ライブを取材をしてもらえたことがあったんです。何組か取材するけど、全部オンエアされるわけじゃない。

「どうやったらオンエアされる…?」と考え、とっさに「里咲りさの、ぼったくり物販始めまーす!」と叫んだんです(笑)そうしたら、無事にオンエアされました。

-- 本当にたくましいな…。

でも「ぼったくり」と言いながら、1000円とかで売っているので、良心的だったりもするんだよ!ライブで売っているグッズって、Tシャツだけで4000円とかするから、実はそのアンチ・テーゼでもあるんです(笑)

しがらみなく音楽を創れる環境を

-- これからも音楽は続けていくんですか?

音楽はずっと続けたいと思っています。音楽ってやっぱり、感覚にダイレクトに響くもの。自分が多感な時期に聞いていた曲はずっと心に残っているし、辛い時は本当に音楽に救われていたなって思うんです。

だからこそ、自分からも音楽を発信し続けて、誰かにとっての大事な曲を創れたらいいな、と思っています。

-- 社長業の方で、何か目指しているものはある?

社長業も、当面は続けていくつもり。何のしがらみもなく音楽を創り続けられる、そんな組織を作りたいと思っていて。

今ってメジャーとかインディーズとか、もうあまり関係ない。誰でも音楽を発信できる一方、組織に属すことにも、いろんなメリットがあると思っていて。組織に属する安心感を享受しながら、しがらみなく自由に活動できる。私の事務所は、そんな場所にしたいと考えています。

-- かつての私たちのような高校生に、伝えたいことはありますか…?

学校だけが全てじゃないってこと。特に田舎だと、「こう生きるのが正しい」みたいな考え方が、凝り固まりがちだと思うんです。もしその考えが受け入れられなかったら、別の場所に逃げて良い。世の中にはもっといろんな人生と、いろんな価値観があるんだから。

今の時代、スマホ1台と、自分がやりたい「何か」の情熱があれば、生きていける。無理に自分に合わない場所にとどまらずに、自分が素直でいられる場所を探せば良いんです。そんなことを伝えたいかな。

(取材・編集:かない、動画制作:アヤカ、写真:日本海ワタル)

群馬県出身のシンガーソングライター兼、レーベル「HAWHA MUSIC RECORDS」の社長。2014年アイドルグループ「少女閣下のインターナショナル」を旗揚げし、運営兼メンバーとして活動。グループ活動休止後はソロ活動に専念し、すべて手焼きでリリースした初のミニアルバムが累計3000枚のセールスを記録し、CD-Rとしては異例のオリコンランクイン。アイスの「ピノ」が好きすぎて、タイアップを実現。