街の修理屋さんに潜入取材!革に魅せられた店主の数奇な人生

「革は嘘をつけないんです」

そう言って愛おしそうに革靴を見つめるのは、田端で革靴・カバンの修理屋「革地屋」を営む深澤昌弘さん。革地屋は、「27年間革靴しか履いていない」という、深澤さんの生粋の革好きが高じて開いたお店だ。店内には優雅なクラッシック音楽が流れ、細部までこだわった修理と丁寧な解説は、巷でも評判だ。

今回はその革地屋に潜入取材。なかなか見られない靴の修理過程を、深澤さんの“革靴愛”に満ちた人生の軌跡とともに、お伝えする。

革のケアは、お肌と同じ?

ーー まずはお店について、教えてください。

東京都北区の田端で、革靴とカバンの修理屋「革地屋」をやっています。今年で4年目ですね。

ーー 田端駅から10分ほど歩いた場所ですね。どうしてこの場所に決めたんですか?

お店を出す条件として、ある程度の広さを確保したかったんです。というのも、修理の仕方って一つではないですし、修理の方針をご理解いただくために、時には靴の構造からお話しすることもあって。なのでお客様がゆったり座れるスペースは、絶対に必要だと考えていました。

人通りの多い場所だと地価が高く、カウンターでお話するような狭いお店になってしまう。それよりは、ゆったり座れるダイニングテーブルが置ける、ゆとりある場所を選びたいなと。実はお店の家具の中で一番高額なのは、そのダイニングテーブルなんですよ。

ーー 今回私も靴の修理をお願いしたのですが、私の靴に対してはどんな修理を…?

革の基本的な手入れは、汚れをとることと、栄養を入れること。なぜこの2点が重要か、ご説明します。

そもそも「革は水に濡れると良くないから、洗濯しなくて良い」と思っている方がいらっしゃいます。ですが、日々履いているだけで、靴はものすごい量の汗を吸っているんですよ。

その汗が蒸発するときに、革の油も一緒に外に出てしまう。結果的に油が足りなくなって、革がパサパサになったり、ひび割れてしまったりするのですね。だから、油と栄養分の補給が必要になるんです。

分かりやすく例えるなら、お肌のケア。お肌の手入れって顔を洗って汚れを落としてから、化粧水をつけますよね。それと同じで、革も「すっぴん状態」にした方が、油と栄養が断然良く染み込むんですよ。なので一年に一度は、クリーニングと栄養補給をセットで施した方が良いですね。

雨に濡れて完全に変色してしまった私の靴。

ーー 靴はどんな風に洗うのですか?

ジャブジャブと、食器を洗うのと同じように洗いますよ。違う点は、オゾン水を使うこと、革用の洗剤を使うことですね。オゾンには殺菌消臭効果があるんです。乾かす時にも、オゾンを発生させる乾燥機を使っています。

ーー これまでは定期的な手入れのお話だと思うのですが、修理としてはどんな過程があるんですか?

革の色が変色してしまっている場合は、色を塗り直すという過程がありますね。これもまた革用の染料・顔料があり、絵の具のように混ぜて色を作ります。

靴修理のための材料が並ぶ棚。靴磨き用のクリームや、靴底など。

革が破れたりほつれたりしている場合は、「補強」「縫い直し」という作業が発生します。例えばカバンの持ち手がちぎれてしまっている場合は、補強のために新たな革を足して、縫い直します。

革は浅草周辺の革屋さんで調達しています。お店は火曜・水曜とお休みをいただいており、その日に仕入れに出かけています。

茶色や黒は、自然な革の色なので大体素材が見つかるんです。でもピンクベージュやグレージュ(グレーとベージュの間の色)って、人工的に作られた色ですよね。なのでぴったりの色がなかなか見つからず、革屋さんをはしごして探すこともあります(笑)。

ーー 調達した革は、どうやって縫い付けるんですか?

革を縫う時は、手動ミシンを使っています。なぜ電動ではなく手動かと言うと、すでに製品として縫われている穴に合わせて、針を入れる必要があるからです。修理の場合は、新しい縫い目の穴を開けられないですからね。

なので手動ミシンで調整しながら、慎重に縫っていきます。ほつれの場所によっては、手縫いすることもありますね。

お店に置いてある手動ミシン。ハンドル一周で一針。

ーー すごく繊細なお仕事…。私の靴は靴底も直していただけるとのことですが、靴底にはどんな修理をしてくれるんですか?

靴底に対しては、新しい靴底を使って補強したり、丸ごと付け替えたりという処置ですね。靴底にも厚みやサイズの違いがあるので、近いものを選んで形を靴に合わせて整えます。

その際に使うのがこの機械。ヤスリを超高速で回していると思っていただければ。これで形を整えています。最後にクリームを塗って、完成ですね。

すごい速さで回転するヤスリ。

ーー 靴修理の過程で、最も気を使っていることは何ですか?

長持ちさせること、見栄えを良くすることの、バランスをとることですね。例えばボソボソの革をツルツルにするには、削ってしまうのが一番早いんですよ。でも長い目で見ると、それが大掛かりな修理に繋がることもあるんです。

数万円かかるような修理が、本来は10年後で良いはずなのに、5年後に必要になってしまうかもしれない。そうならないよう、耐久性と見た目のバランスは、いつも試行錯誤しています。

私としては、革靴が10年持たなかったら、ものすごくショックです。「え、この子育ってない!」って感じで(笑)。なので皆さんの靴も、できるだけ長く履いていただけるよう、お力になれたらと思っています。

新品の時よりも可愛くなって帰ってきた私の靴。感動!

27年間、革靴しか履かない

ーー 深澤さんは、どうして革の修理屋さんになったんですか?

革が好きすぎるからです(笑)。僕は27年間、革靴しか履いてないんですよ。

その始まりは高校時代。校則も制服もない、すごく自由な高校に通っていたんです。しかも高校生って、服装にこだわり出す時期ですよね(笑)。そこで周りと差別化を図るため、革靴を履き始めた。それが始まりです。

そもそもファッション全般が好きで、アルバイトしては洋服に消える、という高校時代を過ごしていました。卒業後は服飾の学校に行きたかったんですが、親の方針で四年生大学を卒業。

その後はアパレルの会社に入り、高級ブランドの店舗で5年ほど販売員をしていました。そこで出会ってしまったんです、素晴らしい革を使った、素晴らしい革靴に。

工房で靴の色を塗る深澤さん。

もちろん革靴は買うのですが、自分でできるのは基本的なメンテナンスだけ。修理が必要なら修理屋さんに持っていくしかないのですが、それがもどかしかった。

修理の仕方に、納得がいかないこともありました。さらに靴の構造もどんどん知りたくなってきてしまい、我慢できずに革の修理業界に入りました。そこでまずは、靴修理屋さんの従業員として修行を積みました。

ーー 靴の修理の学校は行っていないんですね。

そもそも、修理の学校は存在しないんですよ。靴の修理屋になるには、店で修行するしかないんです。ですが修理していると、作りたい気持ちも出てきます。なので働きながらですが、靴を作る学校には通いました。

ーー 靴も作れるんですね!修理屋さんで修行を積んだ後は、どうしたんですか?

7年ほど修行して腕に自信が持てるようになり、独立を考え始めました。ですがアパレルや修理屋さんの従業員のお給料って、そんなに高くないんです。

なので独立資金を貯める必要があった。そのために一度、修理業界からは完全に離れて、全く別の営業職につきました。B to Bの製品を売る、靴とは本当に無関係の会社です(笑)。

でも実はそのお仕事も、結構自分には合っていたみたいで。想像より全然早く、目標にしていた額のお給料がもらえるようになって。約3年半で営業職は辞めました。そしてもう一度修理屋さんに戻り、さらに3年修行を積みました。

ーー ん?お金を貯めて、すぐ独立しなかったんですか?

やはり3年以上のブランクがあったので、独立前に自分の腕を取り戻したかったんです。また、靴の修理方法や材料なども、常に変わっています。最新の技術や情報を補いたくて、もう一度お店で経験を積みました。

そして2016年の9月、40歳で革地屋を開きました。今は4年目に突入したところです。

革は“ごまかし”が効かない

ーー 本当に革一筋の人生ですね!革の魅力ってどんなところですか?

私の持論なんですが、革製品は実物以上に高価に見せることができないと思うんです。というのも、アパレルで働いていたこともあり、洋服に関してはある程度オシャレに見せるコツを身につけられて。2万円のスーツを着ているだけなのに営業先ですごく褒められた、なんてこともありました。

革は、それができないんですよ。どんなにオシャレな人でも、安い革を高級な革に見せることはできない。質と靴の構造が、そのまま正直に現れるんです。

もう一点革の魅力的なところは、メンテナンスを続ければ、新品よりも味を出せること。逆にどんなに良い革でも、何もしなければ悪くなってしまう。その人の靴への愛情が、靴に現れるんです。そんな奥深さが、私にとっての革の魅力ですね。

ーー お気に入りのメーカーはありますか?

私は実は、全メーカーの革靴を履きたい病にかかってます(笑)。メーカーによって作りも少しづつ違うんです。なので、自分で買ってみて分解して、「このブランドはこういう作りなんだなあ」「この素材が良いなあ」なんて、考えている時間が幸せですね。

ーー 革靴、何足くらい持ってるんですか…?

うーん、100足以上はありますねぇ。130足くらいかな。一番安くて3万円、高いものは20万円くらいですね。一体今まで靴にいくらお金を使ったんだろうなぁ…。

ーー す、すごい…!これからやってみたいことはありますか?

なにせ4年目のお店ですから、まずはこのお店を軌道に載せていきたいですね。最近はネットで調べて遠くから来てくださるお客様もいらっしゃり、手応えは感じているところです。

個人的なこととしては、死ぬまで革靴を履いていたいので、健康には気をつけたいです。年をとって革靴が履けなくなったら、絶対に嫌なので…!

ーー 健康寿命ならぬ、革靴寿命ですね(笑)!

そうですね(笑)。日常的に革靴を履く人を増やしていけたらな、とも思っています。革靴を履きこなしている人って、本当に素敵だなと思うんですよ。

「Mens Leather Magazine」という革専門のウェブサイトで、革についてのコラムなんかも執筆していて。そういった活動を通して、日本の革靴人口を増やしていきたいですね。

略歴:革靴・カバンの修理屋「革地屋」店主。アパレルの販売員、靴修理屋の従業員などを経て、2016年に独立。自分で革靴を作ることもできるが、本人としては「まだまだ修行が足りん」とのこと。

https://www.kawachiya-tabata.com/