くだらないもの職人が語る「気楽に生きる」という哲学

 人はなぜ、「くだらないもの」が、欲しくなってしまうのだろうか。

「くだらないもの工房」という、人を惹きつけて止まない響き。Webサイトを覗くと、怪しく光るオブジェや、ネコ用のちゃぶ台なるものまで、多彩な作品がずらり。確かに実用性は乏しそうだが、そのセンスにニヤリとしてしまう。そんな工房の店主を務めるのは、橘川匠さん(37)だ。

 ストレスを溜めずに生きつつ、こだわりの作品を創り、生活を成り立たせる。そのライフスタイルの裏には、戦略的な人生設計があった。

2分で完売の卓上セーブポイント

ーー まずは橘川さんの「くだらないもの工房」について、教えてください。

 僕が5年ほど前から始めた工房で、基本的にあまり役に立たないものを製作しています。専用のオンラインショップと、デザインフェスタという、定期的に東京ビッグサイトで開かれるイベントなどで販売しています。代表的な作品は、この「卓上セーブポイント」。

ーー すみません、セーブポイントって何なのでしょうか?

 RPG系のゲームって「ここまで物語を進めました」という情報を、記録(セーブ)しないといけないですよね。今となっては、自動でセーブできてしまうゲームがほとんどなんですが、10年、20年前って、ある地点に行かないとセーブできない仕組みだったんです。その地点こそ、「セーブポイント」。

 それを現物にしたのが、「卓上セーブポイント」です。ただ、特定のゲームのセーブポイントを現物化したわけではありません。当時ゲームをしていた人が、何となく共通イメージとして持っているセーブポイントがあるんですよね。

 そのセーブポイントの概念を形にしたのが、この作品です。用途は特になく、買った人にお任せしています。

ーー 何でできているんですか?

 一言で言ってしまえば、レジン(透明な樹脂)でできています。アクセサリーなんかにも使われる材料ですね。製作の過程としては、まずは型を作ります。そこに良い具合に固まるように調合したレジンを流し込み、一定の時間が経ったら取り出します。そのあとは、透明度を出すため、ひたすら研磨。

 下の緑のモソモソした部分は、ジオラマ用の苔を買ってきて使っています。一番下の台は、実はプラスチック。スプレーと筆で塗装して、石っぽさを出しています。ゼロから作ると、1本5時間くらいかかりますかね。

ーー 卓上セーブポイントの発想はどこから生まれたんですか?

 本格的に工房を立ち上げる前から、デザインフェスタにちょくちょく出展して、いろんなものを売っていました。イベントでお客さんが一つのブースを通り過ぎる時間って、大体2秒くらいなんですよね。

 そこでどう足を止めてもらうかを考えた時、単純に光るものを置けば目立つなって。最初は小さいサイズを作ってみたのですが、思いの外ウケが良かった。そして友達にもっと大きいものが欲しいと言われて、それをTwitterにアップしたら、またまた反応が良かった。

 そしてTwitterからどんどん広まり、2年ほど前までは10本作ってサイトで売り出すと、2分で完売する勢いでした。デザインフェスタでも10時から2時まで行列が途切れない、みたいな。

 今は落ち着いてきて、サイトに置くと2週間くらいで売れるくらいのテンポになりました。でも当時の異様な売れ行きを経験してしまったので、在庫があるといまだにちょっと不安になってしまいます(笑)。

ーー 他にはどんな作品があるんですか?

 例えば、「映画の中でこのセリフ出ると、絶対に登場人物が死ぬよね」というフレーズが書かれた旗、「死亡フラグ」。B級映画はそういうフレーズの宝庫なので、家で映画を見てフレーズをピックアップしています。

 そのあとは知り合いの字書き屋さんに字を書いてもらって、印刷して旗にする。その映画の中でしか通用しないフレーズや、個人名がないと意味が分からないものは使えないので、フレーズ選びには結構気を使っています。

「こんな仕事とっとと終わらせようぜ。うまいビールの店を知ってるんだ。」確かに、絶対に誰か死にますね。

ーー どんな作品を創るか、判断基準はあるんでしょうか。

 役に立ちすぎるものや、カッコよすぎるものは作らないようにしています。僕じゃなくても作れる人がいるから。工場になってしまっては意味がないので、自分にしか作れないものを作ろうとはいつも思っています。

ーー ものづくりの魅力はどんなところですか?

 ものづくり自体は、子どもの頃から好きで。高校の時に演劇部に入り、小道具・大道具作りをしていたんです。そこで脚本を書いている人から、「復讐がテーマの劇なので、復讐が成就したら目を入れるダルマを作ってほしい」という依頼を受けたんです。

 そこで血まみれのダルマを作ってみたところ、劇団員ドン引き。お客さんもドン引き。その反応を見て、自分が作ったものでこれだけ人の心を動かせるんだな、とちょっと嬉しかったんです。その時の感動が、ものづくりの原点になっていると感じます。

職は自分か会社が飽きたら変える

ーー 橘川さん自身のこともお伺いしたのですが、まずは1日の流れを教えて頂けますか。

 まずは朝8時にゴミ出しで起きて、デフォルトで二度寝をして10時頃に起きます。午前中は、メールやスケジュール立てなどの事務作業。午後から製作を初めて、大体夜8時くらいまでやりますね。

ーー 工房を始める前は、どんな仕事をしていたんですか?

 本当にいろんな仕事をしていました。正社員になって出世したい、みたいな気持ちは全然なかったので、ほとんど派遣社員で3年以内に職を変えてきましたね。辞めるタイミングは大体、自分が会社に飽きるか、会社が自分に飽きるか。

 学校は専門学校で、DTP(Desk Top Publishing)オペレーターという勉強をしていました。デザイナーが作成したレイアウトを元に、印刷用のデータを作成する職種ですね。

 その知識を活かせるということで、最初はタウン誌を発行する会社に就職して、記事のデータを紙面に落とし込む仕事をしてました。結局取材なんかもやっていたのですが。

 その後は、パソコン教室の先生。先生としての仕事はとても楽しかった。でもアルバイトから正社員になると、だんだん売り上げやらノルマやらの話が出てきてしまって、嫌になって辞めてしまったんですよね。25、26歳くらいの時ですね。

 その後は、モバイルサイトの更新の仕事。ガラケー時代だったので、キャリアによって絵文字のコードが違うのに苦労しました。これは、リーマンショックの煽りで、派遣切りにあってしまいました。この後は、しばらく仕事がなく、1年ほど何もしていなかったですね。

 そのあとは、ウェブデザインをコードに落とし込むウェブエンコーダーという仕事をしていたり、ゲームのキャラクターに動きをつけるフラッシュアニメーターの仕事をしていたりしました。

製作量と価格は逆算で考える

ーー 独立するには、何かきっかけがあったんですか。

 業種自体は変わらずウェブ系なのですが、ちょっと仕事内容がお堅い会社に務めていたことがあって。そこで、ストレスから体調を崩してしまいました。

 当時は仕事を辞めて、とにかく休養だけを考える日々でした。病院にも通って体調は安定はしてきたのですが、また働き出したらストレスを抱えて、同じことを繰り返してしまう。

 そこで、工房として独立するという選択肢を考え始めました。卓上セーブポイントは、アニメーター時代から話題にはなり始めていて。

 ストレスをためずにものづくりをして、且つ生計を立てるには、どれくらいの量を作って、価格は何円にしたら良いのか?という風に考え出しました。

くだらないもの工房の商品ページ。不思議な作品が並ぶ。

ーー 卓上セーブポイントの値段は現在7000円。値付けはどうやって決めたのですか?

 そもそも値付けって、原価が100円だから、30%の利益が出るように130円で売ろう、みたいに考えがちだと思うんです。卓上セーブポイントも、最初は実はもう少し安い価格で売っていました。

 でも、その価格で売っていては、大量に製作しないと生活はできない。一人で製作できる本数で、生活できるお金を稼ぐには、少なくとも現在の価格で売る必要があったんです。

 そこで、素材選びや製作過程によりこだわって、現在の価格で売れるクオリティに仕上げました。もちろん、どんなところに手間をかけて作っているかなどは、きちんと説明しました。お客さんも納得してくれているからこそ、その価格できちんと売れているのだと思います。

ーー 独立してからは、食うに困るような時期はなかったのですか。

 今の所は順調ですね。ですが、自分が数日体調を崩して何も作れなくなると、収入が激減してしまうんですよね。それは、常に怖いなと思っています。

 自分にしかできないものを創って、お客さんに喜んでもらうという軸は変えずに、一人で全行程を手がける必要がない。そんな作品を創れないものかと、ここ数年考えていました。そこで最近力を入れているのが、ボードゲーム製作。

白のサイコロを振って、出た数だけ自分のサイコロ(紫orピンク)をマスに沿って転がす。相手の陣地にたどり着いた時に、相手のサイコロの目より大きければ、相手のサイコロを自分のものにできる。商品名称はPSYCOLO。結構頭を使います。

 ボードゲームの面白さって、ルールで決まるんです。ルールはもちろん、どう設計したら楽しんでプレイしてもらえるかを、試行錯誤しながら考えるのですが、その後の工程は別の人にお願いすることも可能なんです。ボードは印刷屋さんにお願いして、サイコロは既成品を活用するなど。

 ボードゲームって、情報が集まっているサイトや、ボードゲーム専門のイベントも存在していて。ゲーム好きの知り合いを集めて、「新しいゲーム作ったからやってみて!」といった会も開いています。

 そこで自分の作ったゲームが、他人から見てもちゃんと面白いのか反応を確認して、ルールの改善をしていきます。こんな形で、何か起きてしまっても作品を提供し続けられるように、模索を始めています。

 ちなみにボードゲームに使えるコマも、3Dプリンターで作ってみました。コマは一般的にミープルと呼ばれているんですが、これはネコなので、にゃーぷる。三毛猫やら黒猫やらの模様を付けたバージョンもあり、すごろくにも使えますよ。

「気楽に生きる」が最大の指標

ーー 「くだらないもの」が売れる理由って、何だと思いますか?

 何でなんでしょうね?でもヴィレッジヴァンガードみたいなお店に行くと、必要ないものほど欲しくなる感覚、ありませんか(笑)?

 お土産屋さん通りで、何を売っているか分からないのに、絶対に潰れないお店ってあるじゃないですか。龍が絡んでる剣のキーホルダーが売られているような(笑)。ああいう存在になるのが、目標ですかね。

ーー 人を増やして、もっとたくさん売って…とかは考えないのですか?

 あまり考えないですね。自分がいかに気楽に、ストレスをためずに生きられるかが、一番大事なので。無理に頑張って働きすぎて、続けられなくなったら本末転倒。

 たまに、外部から仕事の依頼をを受けることもありますが、お受けする基準は、今の自分の技術でできるかどうか、で決めています。

 社会人として働いていると、自分ができること以上のことを押し付けられる機会って、多いと思うんです。自分で勉強してやっといて、みたいな。確かに無理をした方が成長はできるかもしれないけれど、自発的に挑戦する以外は、ストレスにしかならないと思っていて。

 ただ、今やってみたいことの一つは、実際のお店を持つこと。カフェと併設して、作品を売れたら良いなあって思うんですが、お店を出す知識なんてゼロなので、まだ何もできていません。今の所は、まだまだ構想段階。これからも無理にハードルは上げずに、しっかりと気楽に働いていこうと思います。

略歴:くだらないもの工房店主。パソコン教室講師や、ウェブエンコーダー、フラッシュアニメーターなどを経て、独立。卓上セーブポイントや死亡フラグなど、役には立たないけれど、人をニヤリと笑わせる多数の作品を創作、販売している。趣味は、ゲーム実況とサバイバルゲーム。ネコは好きだが、アレルギーで飼えないとのこと。

くだらないもの工房URL:https://kudaranai.stores.jp