野糞歴47年。なぜ、ウンコが地球を救うのか?
47年間トイレを使わずに、野糞をしている人がいる――。「どんな強烈な人なのだろう…?」と恐る恐る茨城県まで取材に伺うと、待っていたのは、さっぱりとした身のこなしにピシッと伸びた背筋、爽やかな笑顔がチャーミングな男性。
この方こそ、糞土師として野糞をしながら、自然の大切さ伝え続けている伊沢正名さんです。なぜ野糞が、地球環境を救うのか?伊沢さんの野糞スポットの林を案内してもらいながら、お話を聞きました。
雨にも風にも負けぬ、野糞ライフ
―― まずは伊沢さんの野糞ライフについて、聞かせてください。そもそも野糞を始めて、どれくらい経つんですか?
23歳の元旦に初めて野糞をして、もう47年目です。たとえ都会でも海外旅行でも、なんとか場所を探して野糞をし続けています。雨の日でも雪の日でも夜中でも、傘やカッパでしのいでね。
そして2000年6月1日から2013年の7月15日までの13年間は、ウンコに関しては一度もトイレを使わずに、野糞だけで過ごしました。連続記録が止まってしまったのは、出かけた先でお腹を壊して、新宿駅のトイレを使うほかなかった時。もう少しで5000日に到達したのに、あれは悔しかったなあ。
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―― 野糞に対する執念を感じます。お尻は何で拭くんですか?
野糞に行くときに、道ばたや林で採った葉っぱで拭きます。
野糞の手順としては、まず穴を掘ってウンコをする。ポーチに入れて持ち歩いている葉っぱで、お尻を拭く。その後は持参した少量の水でお尻を洗って穴を埋め、目印の枯れ枝を立てて完了。葉っぱは紙と違い、すぐに腐って土に還るので、問題ないです。
―― やっぱり、お尻を拭くのに適した葉っぱがあるんでしょうか?
もちろん! 葉っぱ選びは、すごく重要。色々な葉っぱの拭き心地を8年にわたって数千のデータをとり、「葉っぱのぐそをはじめよう」という本にまとめました。
たとえば、このヨモギ。葉っぱが細く裂けているから束にして使うんだけど、柔らかくて気持ちいい。おまけに半分枯れた状態だと、しんなりとしてさらに快適。高級なトイレットペーパー顔負けの拭き心地です。

―― わあ、フワフワ。これでお尻を拭くのは、確かに気持ち良さそうです…。
ウンコはご馳走?
―― 改めて、なぜそこまで野糞にこだわるのでしょうか?
「自分のウンコと命に責任を持つ」生き方をしたい。そう思って、「糞土師」という肩書きで、野糞を広める活動をしています。
そもそも人間はみんな、肉や魚、植物など、命ある生き物を食べて命を奪い、汚いウンコに変えている。つまりウンコには、その命の責任が詰まっていると私は考えています。
でもそんなウンコを、人間は自然に返さずに、トイレに流してしまう。自然から一方的に奪うだけで、それはあんまりだろう、と。
でも野糞をすれば、いただいた命を自然に返すことができる。私は、「食は権利、ウンコは責任、野糞は命の返しかた」という糞土思想を掲げているんです。食は生きる権利だけれども、それを振りかざすだけでなく、奪った命の責任を果たすために、信念を持って野糞をし続けています。

―― “野糞をすれば命を自然に返せる”とは、どういうことなんでしょうか?
ウンコってそもそも栄養満点で、ヒトのウンコは他の生き物にとっては、ご馳走のような存在です。ウンコがどのようにして新たな命になるのか、私は10年以上前に野糞跡を150点ほど掘り返して調べました。
野糞をしたウンコは、まずハエや糞虫、ネズミやイノシシなど色々な動物に食べられ、それらの命になります。また、ヒトのウンコと共にそれらが出したウンコも最終的には菌類に食べられて、菌類の命になります。
そして菌類が出したウンコというのが、二酸化炭素と土の中に取り残された無機養分。それが植物のご馳走として吸収され、新たな命に蘇ります。実際に2ヶ月ほどたった野糞跡には、大量の木の根が伸びてきていました。
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―― おお、私たちのウンコって、そんなに大人気なんですね…!
その通り。人糞は以前は下肥として利用され、熟成したかどうか確認するのに、味見をしたそうです。実は自分でも気になって、ウンコを味見したことがあるんです。
―― え…?
いや、そのままのウンコじゃなくて、分解された後の「糞土」の味見です(笑)。
しかし元々がウンコだから、どんな酷い味がするかと怖かった。思い切って口に放り込んでみると、最初はあっけないほど無味無臭。でも次の瞬間、唾液に溶けてねっとりまろやかになったんです。さらに口の中で転がしていると、だんだんコクが出て、きて吐き出すのがもったいないくらい美味しい。
その時、糞土に集まる木の根っこの気持ちがわかりました。こんなに美味しいご馳走、放っておくはずがないってね。
ウンコで広がる共生の輪
―― ちなみに水洗トイレにウンコを流すと、どうなってしまうんですか?
ウンコは流された後、下水処理場で処理されて汚泥になり、燃やされて灰になります。それは基本的にセメントの原料になって、最後はコンクリートに固められます。
本来なら自然のご馳走が、自然を破壊しかねないコンクリートに生まれ変わってしまうなんて、こんな皮肉な話はないですよね。
―― なるほど、トイレを使うことで自然の共生の輪を断ち切ってしまっているんですね。
その通り。そもそも、我々は自然界のウンコの循環の中に生きているんですよ。たとえば動物のウンコを、菌類が食べるでしょう。菌類はウンコを分解して、二酸化炭素と無機養分を出す。これは、言ってしまえば菌類のウンコ。
さらに植物は、光合成で菌類のウンコである二酸化炭素を食べて、酸素を出す。だから人間が吸っている酸素は、植物のウンコとも言えるんだよね。こういう風に、全ての生き物は、他の生き物のウンコを糧にして生きている。
でも植物は、人間のために酸素を出しているわけではなくて、彼ら自身が生きるためにやっているにすぎない。自分には価値のないもので、相手を生かしている。このWin-Winな関係こそが、自然界の共生なんです。
これほど合理的で優れたシステムが他にありますか? それを壊してしまっていいのか、ということです。一方、人間同士が共生するって実はとても難しい。たとえばかないさんが、感謝する誰かに贈り物をするとすれば、何を贈りますか?
―― 美味しい食べ物とか、おしゃれな雑貨とかですかね…?
そう、つまりそれって自分にとっても価値があるものでしょ? 価値観が同じ者同士、求めるものもいらないものも同じ。仲良くはできるけれど、共生は難しいんですよね。
野糞を始めたワケ
―― そもそも伊沢さんは、どんなきっかけで野糞を始めたのでしょうか?
実は高校生の時まで話は遡るんだけど。当時、通学の電車内で聞こえてくる大人たちの会話や、テストの点数を上げることにしか興味のない学校の先生に触れて、深刻な人間不信に陥ってしまったんです。
「もう人間社会じゃ生きていたくない」と。それで両親や周りの大反対を押し切って、高校を中退。山に籠もって仙人になろうと。
―― 仙人、ですか…?
まあ、でもサバイバルの経験もないから、父の仕事を手伝いながら、山籠りの訓練を始めたんです。まずは安住できる山を探そうと、ヒッチハイクで各地を巡る一人旅をしました。
その旅の途中で、本当にいろんな人に出会い、「晩飯食わせてやるからうちに泊まっていけ」と声をかけてもらったり、ヤクザ風の人が涙が出るほど優しく接してくれたり…。それまで街中で見てきた人たちと、旅で出会った人たちは、全く違う印象でした。
でも段々と気づいていったのは、心が「綺麗な人」と「汚い人」がいるわけじゃなくて、一人の人間がいろいろな面を持っているんだ、ということ。

学生の時は、人間の嫌な面ばかり見ていて、「俺はなんていじけたヤツだったんだ」って反省しました(笑)。そこで、仙人になるのはやめて、人間社会に戻ってやり直そうと決心しました。
人間社会でやるなら、自分が好きな自然を守る活動しかない。そう思って、自然保護運動を始めました。山の清掃ハイキングをしたり、高校や大学を回って自然保護グループを作ったり…と。
―― 自然保護活動では、どんな学びがあったんですか?
一番の収穫は、キノコの素晴らしさを知ったこと。その後の人生を激変させました。
山を登る途中で偶然、真っ赤な感動的なキノコに出会って写真を撮り、その名前を知りたくてすぐさま図鑑を買ってきたら、解説文に菌類の働きが載っていました。キノコが枯れ木や落ち葉を無機物に分解して、土を肥やして森を作っている、と。つまり、キノコは死んだものを土に還して、新たな命につなげている。「この命の循環を守ることこそ本当の自然保護ではないか!」って、目から鱗でした。
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―― そこから、どういう風に野糞に結びつくんですか?
キノコの出会いと並行して、もう一つ大きなきっかけがありました。それは、し尿処理場建設反対運動の存在を知ったこと。みんな「し尿処理場なんて臭くて汚い。そんなものを近所につくられたら困る」って訴えていた。
でも、そこで処理されるのは自分たちのウンコじゃないか。自分でウンコを出しておいて、汚いから処理は遠くでやれっていうのは、エゴの塊じゃないか?って。
ところがそう言う私自身もトイレでウンコをして処理場のお世話になり、誰かに迷惑をかけていることに気付いてしまった。さあ、どうしたらいいんだ、と。その時に、キノコがウンコを分解してくれるのを知ったことで、野糞をすれば命の循環を守れると気づいたんです。これで私の野糞人生が始まったというわけです。
―― 伊沢さんが野糞をする理由が、よくわかりました。でも伊沢さんは責任や義務として野糞をしているだけでなく、野糞自体を楽しんでいるのが素晴らしいですよね。
何事も、楽しんでやるのが一番。「自然を守るために、野糞しろ!」なんて言われたら、誰だって嫌だよね。だからこそ、気持ちいい葉っぱを探して、まずは自分が率先して野糞を楽しみ、野糞ってこんなに気持ちが良くて楽しいんだよ、っていうのを広めたいと考えています。
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―― ここにつるつるした葉っぱもありますが、これはさすがに拭けないのでは…?
これはアオキという葉っぱです。確かにこれは硬いし滑ってしまい、かえってウンコを塗りひろげてしまうかもね。でもこっちには、拭き心地はいいけれど、小さくて薄い葉っぱがある。そこで、この小さい葉っぱを、さっきのアオキの上に重ねたら…。
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―― 丈夫になるし、面積も広がりますね!
そう。大概の人は、頭の中の知識だけでああだこうだ考えるだけで、実際に手で触れたりやってみたりしないで、結論を出してしまいますよね。
たとえば、「枯れ葉でお尻を拭けますか?」と聞くと、ほぼ全員が「硬いし、もろくて破れやすくて無理だ」と答えます。でも実際に野外で枯れ葉に触れてみると、雨や夜露で濡れていればしっとりと柔らかで、生葉以上の拭き心地です。
常識がいかにいい加減なものか、葉っぱ1枚でわかるんですよ。そして一見ダメそうなものでも、あれこれ工夫したり組み合わせてみたりすれば、結構良いものが見つかります。つまり知識よりも、知恵のほうが大切だと私は考えているんです。
だからウンコに関しても、常識的な知識で決めつけないで、しっかり向き合ってほしい。私自身も野糞跡掘り返し調査をやって初めて、ウンコの本当の素晴らしさを実感し、理解できました。
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ニートは本当に“ダメなヤツ”か?
―― ですが世の中的には、人間のウンコを語るのはタブー視されていますよね。
以前いろんな動物のウンコを写真で紹介する本に、衝撃を受けたことがあります。動物のウンコはリアルな写真なのに、なぜかヒトのウンコだけイラストだったんです。
確かに今の社会では、人間のウンコはタブーですね。では、どうしてタブーなのかというと、「汚いから見せないほうが良い」という親切心というか、それが良識だという思いなんでしょうね。
でも、そんな上辺だけの良識が真理を覆い隠して、とんでもない社会にしてしまったんだというのが、私の糞土師としての憤りなんです。むしろ常識や良識に疑いの目を向ける必要がある、そう考えています。
―― そう考え始めると、世の中のいろんな価値観がひっくり返りそうです。
そうなんです。たとえば引きこもりって、「生産性がない駄目なヤツ」って見られることが多いですね。それは、生産性が高いことを良しとする、「常識」に囚われた考え方。だけど、そもそも生産性って何だ?って疑ってほしいんです。
つまり、生産=物を作りだすには、資源とエネルギーを自然から奪い、製造過程で汚染物質を出し、その製品はいつかゴミになる。つまり、自然を壊してゴミを作ることが生産性っていうことなんじゃないか?
そう考えると、引きこもりの人は省エネで暮らしていて、自然に優しい人、という見方もできるよね。
だいたい人間以外の動物はみんな、生まれて成長して子孫を残して死んでゆくだけで、生産性なんてないからこそ、自然の中で共生できているんですよ。
―― 物事には常に、二つの面があるということですね。
たとえば「いただきます」という言葉だってそうです。食べ物や料理してくれた人への感謝は素晴らしいかもしれないけれど、食べられる生き物からしたら、どれだけ感謝されたって納得できないですよね。むしろ人間の傲慢さを感じてしまう。
本当に感謝するなら、100万遍のいただきますより、1回の野糞の方がよっぽど他の生き物のためになるんじゃないですか?
糞土塾、開校準備中
―― 伊沢さんは、これからどんな活動をしていくんですか?
様々な分野の第一人者と、人間と自然の共生について語り合うだけでなく、新たに「しあわせな死」を求めて「対談ふんだん」というプロジェクトをwebで始めました。
探検家や浄土真宗の住職さんから、学校の校長先生や中学生、ベジタリアンやサバイバル登山家などまで、年齢も職業も本当にバラバラの人たちとウンコを軸に話をすることで、人間社会のこれからの姿を探っていきたいと考えています。

糞土思想は、若い世代にこそぜひ伝えたいんです。子ども達は思考が柔軟だし、きちんと伝えれば理解してくれる。そのために、『ウンコロジー入門』という小中学生向けの本も執筆しました。
そして現在は、糞土思想を広めるための野糞の実践教育やイベントもできる「糞土塾」の開設を目指して、古民家の母屋を改修中。ウンコの責任から始まった糞土師活動がここまで発展できるんだから、ウンコの力はすごいよね。まさに「目からウンコ」、なんてね(笑)。
※興味のある方は糞土研究会HPを検索してみてください。 http://nogusophia.com/
(執筆・写真:飯島礼、編集:かない)