“運動神経の呪い”を解き放て!
「私はスポーツが苦手だから……」と、先天的なものと捉えられがちな運動神経。私のように、小中学校の体育の授業が苦痛だったという人も、多いのではないでしょうか。
ですが、適切なトレーニングを積めば「運動神経は必ず良くなる」と豪語する人物がいます。それが、ランニングコーチでSun Light RC代表でもある細野史晃さん。
運動神経は、本当に後天的に良くなるのか?どうすれば足は速くなるのか?細野さんにインタビューしました。
足は“誰でも”速くなる
―― 昔から運動ができなくて、かけっこなんて大の苦手でした……。もう先天的なものだと諦めていたんですが、本当に足って速くなるものなんですか?
正しいトレーニングを積めば、誰でも足は速くなります。「運動神経が悪い」という言葉はもう、呪いみたいなものですよ。人によっては、フォームを改善して30分で、成果が出始めます。
むしろかないさんは、小学校の体育の授業では、速く走るコツとしてどんなことを教わりましたか?
―― うーん、「腕を大きく振れ」「足を高く上げろ」とかですかね。あと最後は、とにかく練習を積め!みたいな(笑)。
それで足って、速くなりましたか?
―― いや全然。それで「やっぱり私は運動が苦手なんだな」という結論に達しました。
そうですよね。僕が運営しているかけっこ教室では、理由もわからず練習をさせるということはありません。感情論は抜きにして、ランニングを科学的に分析し、それを子どもにわかりやすく解説した上で、正しいフォームを教えるんです。
―― ランニングを科学的に分析?もう少し詳しく教えてください。
そもそも「走る」とき、体はどう動いているのか?あなたのフォームでは、なぜ速く走れないのか?といったことを、まずは腹落ちさせるんです。走っているときの身体の構造や物理の法則を、感覚的な言葉に落とし込み、最初に説明してしまうんです。
ちょっと詳しく説明すると、走りというのは体重(重心)移動なんですよ。それに加えて、左右の足で交互に小さな跳躍をし続けることで、走るという動作になるんです。つまり、『重心を前にすること、バネを活かすこと、タイミングよく動くこと』この3つが上手にできることで、足が速くなっていくのです。
その上で、じゃあこのトレーニングが必要だね、とかフォームはこう変えたほうがいいよね、と身体に覚えさせていく。
ポイントは、「わかりやすく理解させること」です。運動のセンスがある子は、どうすれば速く走れるかに自分で気付けるのですが、勘が鋭くない子はそうはいかない。だからこそ、まずはその子の普段の走り方を僕が分析して、わかりやすく子どもたちに教えます。そうすることで、必ずしも先天的なセンスがなくても、自分のフォームの間違いを理解して、正すことができるんです。
―― なるほど!運動が得意でない子にも伝わる教え方を、大切にしているんですね。
そういうことです。多くの指導者は、「どうしたら速く走れるか」を言語化できていません。だからこそ、繰り返し練習すればいい、といった指導に終始してしまう。ですがそれでは相手の運動感覚に委ねているだけなので、指導というよりも放置です。
日本の武道には、「道」に居続けるための根性を育てるべき、という思想があります。だから、とにかく「努力する」こと自体が美化される傾向にあるんです。
ですが、どこが問題でどう直さなければいけないのかを伝えなければ、いくら練習を続けても上達はしません。
―― とはいえ何かを上達させようと思ったら、孤独で辛い努力も必要になる気がするのですが、そんなことはないのでしょうか?
もちろん、反復練習も必要です。ですが、それは「楽しさ」を知った後でいいと思うんです。
大人もそうですが、「わかった」「できた」という感覚があって初めて、楽しいと思えるし、続けられる。楽しいと思えた後であれば辛い練習でも自発的に取り組めるし、練習の理由がわかっていれば納得感もあります。
一方で理由もわからず「繰り返し練習しろ」では、スポーツがただの「苦行」になってしまう。一人ひとりの成長という側面で考えれば、訳もわからず修行させるより、取り除ける壁は取っ払って、近道をさせた方が良いというのが、僕の考えです。
運動神経は人並みだった
―― かけっこ関連では今、どんな事業をしているんですか?
子どもの足を速くするかけっこ教室と、大人が楽しく運動できるランニング教室を運営しています。監修しているものも合わせれば、運営しているのは6つかな。
2014年には、『マラソンは上半身が9割』(東邦出版)という著書も出しました。
―― 感覚的な指導ではなく、根拠に基づいた指導をしようと考えたのには、どんな背景があったんですか?
実は僕、小学生の時にリレーの選手に選ばれたことがないんですよね。
―― え、意外!勝手に運動会で超活躍していたタイプだと思い込んでいました。
いや、全然。運動神経は悪くはないけど、圧倒的にすごいスポーツ少年ではなかったです。
それでもなんとかリレーの選手になりたい、脚が速くなりたいという気持ちがあり、中学・高校では陸上部に。そこでもちろん足は速くなって念願のリレーの選手にはなるものの、陸上競技者として自慢できるほどには程遠く、練習を重ねても全く伸びない時期が続きました。これはアプローチに問題があるはずだと、考えるようになりました。
そこで陸上の強化合宿に行きたいと志願して、身体の動かし方の基礎を丁寧に教えてもらって。そうしたら、記録が明確に伸びたんです。これが高校2年の冬でした。その後も何度か、こうしたスランプとそれを超えるために新たなアプローチをして……ということを繰り返し、結果的に日本選手権出場を目指すところまでの選手になることができました。
つまり僕自身が、「できない」から「できる」を体験しているんです。教師を目指して教育学部で学んでいたこともあり、自分が理解していることを言語化して、人に伝えることも得意。それらを活かして、運動が得意でない子にも走る楽しさを伝えられるような指導者になりたいと、今の形にたどり着きました。
―― 教育学部を卒業していたんですね。体育の先生になる、といった選択肢もあったと思いますが、なぜ独立の道を選んだんですか?
先生にならなかった理由としては、教育現場や学校スポーツの不祥事に関するニュースが世の中にあふれていて、僕自身もそうですが、未来の子どもたちがスポーツの教育に対して、憧れを持てない状況だと思ったんです。
加えてスポーツ選手が、選手としてキャリアを続ける道も多くない。いつかはそんなスポーツ業界を改革したいな、そのために起業の道を選ぶだろうなと、大学生の頃からなんとなく考えていました。
だから就活するときは、まずは経営者のマインドを身につけようと、リクルートに入社しました。そこで広告マーケティングの仕事を2年ほどやったんだけど、メンタルをやられてしまい退社。2012年にランニングコーチとして独立しました。26歳のときでしたね。
スポーツで学校に居場所ができる
―― ランニングコーチとして独立して、もうすぐ10年が経つわけですが、手応えはどうですか?
人の変化を見られるというのは、本当に幸せなことです。リレーの選手になれた、かけっこで1番になったなど、子どもたちは僕の指導を通して、様々な成功体験を得ています。僕自身も、人との出会いと努力で自信をつけられたと感じていて、その一助を担えたと思うと感慨深いです。学校に居場所ができたなんて子もいて、こういう話を聞くと、もっと僕の教室は役に立てることがあるのではと感じます。
というのも、仮に僕自身がスポーツが苦手だったら、もっと生きるのが辛かったと思うんですよ。
ほら、小中学校とかって、足の速い子がモテる、みたいな風潮あるじゃないですか。スポーツができる・できないって、子どもの自信や自己肯定感に大きく影響すると思うんです。
僕は自己主張が強い側だったのですが、幸いにして運動も勉強もそこそこできたからまだ良かった。でもこれで運動や勉強がダメだった場合、教室に居場所がなかった可能性が高かったなって思うんです。
そうしたら、高校や大学の進学、就職など、様々な段階でつまずいていた可能性も否定できないなと。
―― たしかに小・中学生の頃は、スポーツできないレッテルを貼られてしまうと、居心地悪い空気はありましたね……。
今までで一番嬉しかったのは、不登校だったお子さんが、僕のかけっこ教室に通いだしてから、学校に行けるようになったと親御さんから言われたこと。これはもう、嬉しくて泣きそうになっちゃいました(笑)。さらにその子は徒競走で1位にまでなって、これは彼の人生に良い影響を与えられたのではないかと。
そう考えると僕自身も、スポーツへの恩返しという気持ちで今の仕事をやっている側面も、あるかもしれません。
―― そんな細野さんは、スポーツの価値って改めてなんだと考えていますか?
スポーツって、人生におけるスパイスのようなものだと思うんですよね。
まあ正直、スポーツなんてしなくても生きていけるじゃないですか。でも、美味しい料理が、胡椒をかけたらもっと美味しくなるという風に、スポーツができれば人生がさらに楽しく、豊かになると思うんですよね。
そもそも、多くの人が「自分は運動神経が悪い」という思い込みに、囚われすぎています。でも正しくトレーニングすれば、絶対にスポーツはできるようになるし、そうすることでどんどん楽しくなる。これを知らないで人生を過ごすのは勿体ないと思うんですよ。
ボルトのような天才にはなれなくても、昨日の自分よりは絶対に成長できる。それが子どもの自信にもつながっていきます。そして、スポーツを楽しめるということは、人生において最高のスパイスを味わえるとも言える。それが、未来のスポーツ産業の盛り上がりにもつながっていくとも思っています。
これからも教育とスポーツという軸はブレさせずに、その成長のお手伝いをしていきたいと思います。
(取材・編集:かない)