【マニアの美学】大好きな「顔ハメ」が、仕事になるまで。

 観光地で見かける、顔をハメて写真を撮れる「顔ハメパネル」。旅先の思い出として子供からお年寄りまで馴染み深いあのパネルですが、まさか「顔ハメ好き」を職業にしている人物がいる…?

 その人物こそ、オリジナル顔ハメパネルを制作するなど、とにかく“顔ハメ一色”で活動する「顔ハメ兄さん」こと長吉優介さん。趣味にとどまってしまいそうな「顔ハメ」を、どのように職業にしたのか?聞いてきました。

「顔ハメを職業にする」とは?

―― 「顔ハメ兄さん」と名乗っていらっしゃいますが、「顔ハメ」って何なのか、まず伺っても良いですか…?

  全国のいろんな観光スポットに、顔をハメて写真を撮れるパネル、置いてありますよね。その土地の特産品や、ゆかりある武将の顔などに、自分の顔をハメられる。あの行為のことを、「顔ハメ」と呼んでいます。

そう、皆さんが今頭に浮かべた、これです。

―― 旅行先で見つけるとつい顔をハメてしまう、アレですね!ただ、「顔ハメ」を職業にしていると聞いても全然想像がつかないのですが、具体的にどんなことをしているんでしょうか?

 そうですよね(笑)。分かりやすい活動の1つが、顔ハメパネルのプロデュース。観光スポットなどの顔ハメパネルを企画・制作する仕事です。

1990年生まれ。鹿児島県出身。顔ハメクリエイターであり、顔ハメパネル愛好家。年間500枚ものペースで顔をハメる傍ら、顔ハメパネルのプロデュースも行う。顔ハメパネルの名所を巡るツアーの開催や、顔ハメパネルの情報をまとめたWeb図鑑の制作など、幅広く活動。

 基本的にはまず、観光スポットに「顔ハメパネルを作りませんか?」と営業しに行きます。発注してもらえたら、その観光地の良さや、パネルに取り入れたい要素をヒアリング。そこから、「こんなパネルがあったら観光客は楽しめるのでは」という案を提案して、イラストレーターと連携しながら作り上げていきます。

 顔ハメパネルを作るとなったら、その土地のことをすごく勉強します。特産品や歴史に詳しくなって、その土地を好きになれるのも、パネル作りの楽しさですね。

浅草に設置してある、顔ハメ兄さんプロデュースの顔ハメパネル。福島県会津地方の民芸品である「赤べこ」をモチーフにした作品。正面からの赤べこ、可愛い。

  そのほかにも、観光地の顔ハメスポットを巡る「顔ハメパネルツアー」も開催。今日の取材場所でもある浅草もそうですが、顔ハメパネルが集結しているスポットがあるんです。そんなスポットを巡るツアーを、Instagramで人を集めて、定期的に開催しています。

 あとは講演会に呼んでいただいて、顔ハメパネルの穴の適切な大きさ・高さについて語ったり、制作した顔ハメパネルを展示する展覧会を開いたり。

持参したメジャーで、顔ハメパネルの穴の大きさを測る兄さん。そしてとにかく、顔ハメパネルを発見するスピードが早い。

―― なんてマニアックな講演会なんだ…!

  顔ハメは趣味でもあるので、「顔ハメドライブ」にも行きますよ。友人と全国各地の顔ハメパネルを訪れ、顔をハメて写真をアップして。

「なんでこの場所なのか」「なんでこのキャラじゃなくて、こちらのキャラの顔に穴を開けたのか」といったパネルの由来や設置背景は、現地の人に尋ねます。今はコロナでなかなか行けていないですが、今までは年間約500枚のペースで訪れていました。

  個人的にこだわっているのは、訪れたパネルの数ではなく、その土地自体を楽しむこと。たとえば、ご飯屋さんに顔ハメパネルがあったとして、極論ご飯を食べずに顔だけハメて写真を撮ることもできる。でも僕は、そうしたくないんです。

 やっぱりご飯もきちんと味わって、お店の人とお話しして、その上で顔をハメたい。急いで10箇所回るくらいだったら、1枚ずつ満喫して5箇所訪れた方が、本質的に顔ハメを楽しめると思っていて。写真を見返しても、じっくり味わった顔ハメの時は、良い表情をしています(笑)。

顔ハメ兄さんのInstagram。楽しそうに顔をハメる兄さんの姿がずらり。

―― なるほど。目の前の数字にとらわれず、本質を見失わない。剣道や柔道のように、もはや「顔ハメ道」ですね…!

きっかけは、故郷の先生

―― そもそも「顔ハメ」にのめり込んだきっかけはなんだったんですか?

 ある先生との思い出がきっかけです。

 僕は鹿児島出身なんですが、父親の仕事の影響で転校が多くて。新しい環境に馴染めなかった時に、支えてくれた先生がいるんです。その先生と、故郷の鹿児島で8年ぶりに再会することになって。

 その際、8枚ほど顔ハメパネルが各所に置いてある天文館というアーケード街各所を訪れました。「せっかくだから制覇しようか」と、2時間くらいかけて全てに顔をハメて、写真を撮りました。

 その顔ハメが、本当に楽しくて。

 別れ際に先生から、「これから顔ハメパネルを見つけたら、写真を撮ってお互い送りあおう」と提案してもらいました。確かに男同士ってそんなに頻繁に連絡を取り合うわけでもないから、顔ハメパネルを見つけたくらいの頻度がちょうど良いんじゃないかって(笑)。

 そこから見つける度に先生に写真を送るようになり、顔ハメの面白さに目覚めてしまったんです。それが23歳の時、今から6年くらい前ですね。

―― 素敵なエピソード!でもそこから趣味だけでなく、職業までに発展したところがすごいですよね。どんな経緯があったんですか?

  正直、大学を卒業してからやりたいことがなかなか見つからず、悶々としていたんです。

 そんな時に、ちょっとでも興味があることをやってみようと、思いついたのが顔ハメ。「あの時先生とやった顔ハメ、楽しかったな」という記憶が、強く残っていたんです。

 自分で全国の顔ハメパネルを回るようになると、土地柄をうまく表現した、個性豊かな顔ハメの世界に、どんどんのめり込んでいって。撮った写真は、Instagramにもアップするように。そうすると、だんだんフォローしてくれる人が増えてきたんです。

 ある時、「自分でイベントを開催したら、どれくらいの人が来てくれるんだろう」と、ふと思い立って。そこで4年前ほど前、代々木公園で「顔ハメお花見会」を企画してみたんです。桜の花びらをモチーフにした自作の顔ハメパネルを持って、ドキドキしながら開催場所に向かいました。

 当時Instagramのフォロワーは100人くらいだったんですが、なんとそのうち約15人が参加してくれて。

―― それはすごい割合ですね! 

 びっくりしたし、前から友達だった?みたいなノリで楽しく参加してくれて、すごく嬉しかった。顔ハメを通じて、みんなと楽しい時間を過ごせるこの感覚、すごく良いなあって。

  その後もSNSの発信を続けていたら、ひょんなことからラジオ番組を持たせてもらえることになり、それが顔ハメで「お金をもらう」という第一歩でした。

 顔ハメって実は、観光やお出かけに繋がる、幅広いポテンシャルを持っていて。その繋がりで、日曜日のお出かけ情報を伝える番組を、2年間ほどやらせてもらいました。

 そんな経験もあって、顔ハメスポットを巡るツアーや、お客さん参加型の展示会の開催など、だんだんと人を巻き込んだ活動ができるようになりました。顔ハメパネルの制作のお仕事も、最初はツアーの参加者から紹介してもらいました。

東京下北沢と宮城仙台で開催された、「顔ハメ看板カレンダーをつくろう!展」。1〜12月までのそれぞれの月にまつわる顔ハメパネルを設置し、来場者がパネルに顔を出して写真撮影。そしてその写真が後日カレンダーになって来場者のお手元に配達されるというお客さん参加型の展示会。

 最初から「絶対顔ハメで成功してやろう」とか思っていたわけでは、全然なかったんです。楽しいから続けていたら、ひょんなことから仕事に結びついた、という方が近いかもしれませんね。

顔ハメは、呼吸と同じ

―― 顔ハメ兄さんと話していると、「顔ハメが好き」という気持ちが、本当にビシバシと伝わってきます…。

 顔ハメ関連のことをしていると、どうしても笑顔が止められないんですよ。普段恥ずかしがり屋なんですけど、顔ハメを前にすると楽しさが勝ってしまいます(笑)。

かないもご一緒させていただきました。確かに顔をハメると笑顔になる!

 もちろん全部の顔ハメが、「楽しい」だけではないですが、どんな顔ハメだったとしても、それはそれで良い思い出になるんです。 

 3年前、父親と2人で生まれて初めて顔ハメをしたことがあって。その時の写真を見返したら、父親はすごい変な顔をしてくれていたんです(笑)。

 その時初めて、「顔ハメを前にするとこんなにふざけるんだ」という、父親の新しい一面を知ることができました。僕も僕で照れ臭かったようで、恥ずかしそうな表情をしていましたし(笑)。

 それぞれの1枚に、いろんな文脈が詰まっている。それが顔ハメの醍醐味でもありますね。

―― 1人で顔ハメに出かけることもあるんですか?

 ありますよ。マイ三脚があるので、自分でハメて自分で写真を撮ることもできます。時には顔ハメパネル制作のために、パネルのサイズを測ったり構造を調べたりという作業も必要なので、その研究のために見にいくこともあります。

兄さんのスマホには、顔ハメパネルに関するデータがぎっしり詰まったファイルが。見えるかな…?

 ただ1人で写真撮った時の表情より、誰かと一緒に行って撮った時の方が、良い表情しているんですよね。

 もちろん「この顔ハメだったら、顔の角度はこうした方が良い」とか、細かいコツはあるんです。でも、よくドライブに行く親友と顔ハメした時の表情なんて、もうこの上なく幸せそうで(笑)。やっぱり細かいコツは気にせずに、1枚1枚を全力で楽しむことが大事だと感じますね。

―― 素敵です!でも今はむしろ、人と移動すること自体が制限されてしまっていますよね…。顔ハメ兄さんの活動にも、影響が出ているのでは?

  そうなんです。新型コロナウイルスの影響で今年は顔ハメツアーを開催できず、すごく残念です。

  でもだからこそ今取り組んでいるのが、「顔ハメパネル図鑑」の制作。全国津々浦々の顔ハメパネルを地図上にまとめて、解説もつけて、Web上で公開しているんです。Webの知識は一切なかったんですが、コロナが落ち着いた頃に、図鑑があることで楽しくお出かけできるようにと、勉強しながら制作しています。

顔ハメパネル図鑑のトップページ。都道府県ごとに検索でき、それぞれ写真と解説、所在地情報付き。https://kaohamepanel.com/

 顔ハメパネルの情報に関しても、自分の知識だけでは足りず、全国の顔ハメパネル仲間から情報を集めて、みんなで一緒に作っています。この前は広島在住の方が、50箇所分くらい情報を提供してくれて。この、みんなで作り上げていく感じもとても楽しいですね。

 実際にまだ活用できなくても、全国の顔ハメパネルを見ただけで、その場所に行った気持ちにもなれるはず。ぜひ、覗いてみてください!

コロナ禍ならではの「ソーシャル・ディスタンス・顔ハメ」も発見。もちろんマスクを着用し、取材・執筆担当のmissatoも一緒にパチリ。

―― 趣味から始まった顔ハメだと思うのですが、いろんな人を巻き込めている理由はなんだと思いますか?

「趣味として」と「仕事として」を、両立しているからだと思います。自分にとって「顔ハメパネルに顔をハメる」という行為は、「呼吸」みたいなものです。

 1円にならなくてもやりたいものなので、仕事の側面がなくなったとしても、趣味としては残り続ける。やっぱり顔ハメが大好きで、苦なく続けられることが、一番の秘訣だと思います。

―― 今後は顔ハメ兄さんとして、さらにどんなことをやっていきたいですか?

 やはりまずは、顔ハメパネル図鑑を完成させたい!さらに、顔ハメパネル制作にも力を入れていきたいですね。47都道府県どこにいっても自分の作った顔ハメがある状態にしたいし、ARの技術を使った顔ハメのような、新しいジャンルの顔ハメにも挑戦してみたいです。

―― 顔ハメの広がり、本当に無限大ですね。これから顔ハメを見つけたら、ぜひ写真をお送りさせてください!

(編集・写真:かない、取材・執筆:missato)