経営300日のリアル 経営者・土屋匡範

目黒の住宅街にある、マンションの一室。土屋匡範さん(28)が今年4月から経営する、株式会社ZEROのオフィスだ。話題のインフルエンサー・マーケティングの分野で持ち前の企画力を駆使し、プロモーション(PR)の新しい活路を切り開いている。ソフトバンクの花形部署の職を投げうって、独立の道を選んだ土屋さん。すでに大きくなった企業のサクセスストーリーは世の中に溢れかえるが、ZEROはまだ独立して300日ほどのザ・ベンチャー企業。「自分の好きなようにできる」からこその苦悩を打ち明けつつ、今後の夢を語る声は生き生きと弾む。若き経営者のリアルに迫った。

インフルエンサーとは

ーー初めまして、今日はよろしくお願いします(土屋さんは、UNIQUES初回記事の高橋佳朗くんの友達です)!まずは、株式会社ZERO(以下ZERO)がどんな会社か教えてください。

簡単に言うと、インフルエンサーを使って広告を打ちたい企業と、インフルエンサーを結ぶ広告代理店です。このインフルエンサーはゲーム実況が得意、といったインフルエンサーの特性を把握して…。

ーーちょっと待ってください!まずインフルエンサーとは何か?から行きましょう。

SNSやYouTubeでフォロワー数や再生回数が多く、世の中への影響力が大きい人たちのことをインフルエンサーと呼びます。中には何万人もフォロワーがいる人もいるので、企業がインフルエンサーを使った宣伝に注目をしています。

ーーいわゆる「芸能人」を起用するのに比べて、企業にとって何がメリットなんですか?

下の図を参照ください。テレビなど従来のメディアでは1人の超有名人が、全視聴者に向けて同じメッセージを発します。一方でインフルエンサーは、影響力はテレビほど大きくなくても、フォロワーにとって親近感のある存在です。SNS上の「いいね!」やリツイートを通して日々交流しているからです。さらに彼らは、ファッションや旅行、ゲームなどの特定の得意分野を持っていて、同じことに興味を持つ人がフォロワーやファンとして集まっています。そこで「このインフルエンサーがおすすめする化粧品なら買ってみようかな」という風に、購入につながる可能性が高いのです。

インフルエンサーの将来を考える

ーー代理店が、企業とインフルエンサーの間に入る意味って、そもそも何なんでしょう…?

もちろん「インフルエンサーのことが何も分からない」という企業に対しては、一からサポートできます。一方でどのインフルエンサーを使いたいかは明確でも、どんなPRをしたら効果的なのか分からない企業もあります。そこで代理店の出番です。まずはクライアント企業に製品のターゲット層だったり、とにかく拡散させたいのか、それとも製品の良さをじっくり伝えたいのかなどPRの目的を聞いていきます。その上でYouTubeやTikTokといったプラットフォームを選んだり、企業の希望に沿った特長を持つインフルエンサーを紹介したりします。ZEROの強みはここからで、例えばある格闘ゲームのPRを任された時は、YouTubeなどで活躍していたDJ集団に依頼して、ボブサップを呼んだおもしろ動画、オリジナル曲やミュージックビデオ(MV)などを作ってもらい、複合的に宣伝しました。

ーー唐突のボブサップ。もう少し具体的に教えてください!

ゲームに出てくるキャラクターのコスプレをしてもらって、実際にボブサップと戦ってもらうおもしろ動画を作りました。さらにDJであるという彼らの強みを活かし、その格闘ゲーム専用の曲を書き下ろしたオリジナルのMVを作ったのです。そしてそのMVを渋谷や道頓堀の巨大スクリーンで流しました。おもしろ動画は345万再生、書き下ろし曲のMVは127万再生まで伸びました。媒体を超えてトータルに企画ができるのが、ZEROの強みだと思っています。

ーーホームページにはイベント運営とも書いてありましたが、どんなことをやっていますか?

ネット上のインフルエンサーの熱量を現実世界に持ってこようと、彼らをショッピングモールに呼んで一緒に写真を撮ったり、商品紹介をしてもらったりするイベントを開きました。ネット上で「いいね!」をしても人の笑顔に直接触れることはできませんが、リアルのイベントなら直接笑顔が見られて距離が縮まるし、感動をより大きくできると思っています。

ZEROオフィスのおしゃれな壁。

ーーそもそも、ZEROがインフルエンサーにこだわる理由は何なのですか?

課題として考えていたのは、インフルエンサーの将来って、誰が真面目に考えているの?ということでした。現状のPRは「ゲーム実況をYouTuberにしてもらって、百万円利益出ました。はい終わり」みたいに、インフルエンサーが使い捨てのお金稼ぎの道具になっているケースが多いと感じます。彼らが企業のPRに主体的に携わることで専門分野を築けたり、一緒に企画力を磨けたりできれば、それがセカンドキャリアに繋がっていくと思うのです。まずはそんな仕組みから、ZEROは作りたいと思っています。

ーーどうやってPRに使うインフルエンサーを探すのですか?

ZEROのメンバーの中に、もともと芸能人プロデュースに携わっていた人がいるので、その人のつながりから紹介してもらっています。あとはSNSをひたすら巡回して「この子伸びそう」という子に声をかけるとか…。

ーー結構泥臭いですね…。でも逆に芸能関係に繋がりのあるメンバーは、どうやって採用できたのですか?

そこがややこしいんです。実はこの会社は僕が立ち上げたわけではないのです。

ーーあ、そうなんですか?!

まあ、出資を取り付けたり実際の起業の手続きをしたのは僕なのですが…。元々はある会社の1つのPR事業部だったのですが、その事業部を法人化するという話になり、「経営してみないか?」と誘っていただきました。ちょうど前職のソフトバンクで悶々としている時期でもあったので、「外に出て挑戦してみるか」とそのお誘いを受けたとういうことです。

経営者300日のリアル

ーーでは経営者になった時にすでに社員が存在していたと。

そうです、そしてそれが辛かった。まず社長になった時の状況が、このビジネスモデルだと遠くない未来に資金ショートするよね…というものでした。なのでまずは収支の整理から始める訳です。その結果、社員の給与を下げたり、クビにしたりしないといけなくなりました。経営者になってすぐ、その仕事をしないといけないのはかなり辛かったです。他にも外的要因ではあるのですが、企画していたプロモーションが頓挫してしまい、損害賠償問題の解決に向け、奔走していた時期もありました。

ーーうわあ…。「もうやだーーー!」ってならないのですか?

なりますよ(笑)。週5で会社に寝泊まりなんてこともザラですし…。でも社長になった以上、会社を潰すことはできないので。ソフトバンク時代は「新しいことをやり続けたい!」とか思っていましたが、会社に守られたぬるま湯の環境だから簡単に言えていたんだなあと。「自分の好きなようにする」って楽そうに聞こえますが、1人で見知らぬ土地にレールを敷いていくのですから本当に大変です。「レールの方向これであってる?」「レールの長さは?」「そもそもこれってレール?」とか、そんなレベルです(笑)。

ーー言葉の重みが半端ないです…。独立して1番大変なことは?

人を扱う、ということですかね。今までは学生時代も含めて、デバイスや半導体など機械を扱うことが多かったんですよね。なのである程度結果が予測できるし、期待通りに事が進んでいたのです。でも今は、イベントの日にYouTuberの子が「すみません風邪引きました!」とか(笑)。モチベーション高く仕事してもらうには、どう話しかけたら良いのか、などもいつも悩んでいます。

ーーネットワーク事業から広告代理店と、業界もガラリと変わりましたね。

はい、広告代理店の常識が全く分からず大変でした。最初の頃はインフルエンサーとクライアントの企業を直接会わせるという、痛恨のミスをしてしまいました。仲介するのが仕事なのに、わざわざ自社を排除してしまったという(笑)。ソフトバンク時代は、代理店はコストがかさむのでむしろ「ちょっと邪魔だな…」と思ってしまってましたが、今はそれに自分がなってしまった訳です。代理店としての立ち振る舞い方に慣れるには、だいぶ時間がかかりました。

ーー素直すぎたのですね(笑)。土屋さん自身の変化もありますか?

もともと浪費したり人に奢ったりしないタイプなんですが、経営者になってからはお金を使うようになりました。会社のメンバーにご飯を奢るのはもちろん、今までは行かなかったイベントに行ったり。そうしているうちに、「こういう風に世の中って回っていたのね…!」と少し分かるようになってきました。外でお金を使ったことで、仕事の案件が入ってきたこともありましたし。一種の社会勉強ですかね(笑)。

「好きなことのど真ん中」でも退職

ーーソフトバンク時代はどんな仕事をしていたのですか?

何個か部署を経験しましたが、最後はIoT事業の部署で認証プラットフォームの企画をしていました。そしてそのプラットフォームと、ソフトバンクの持っているデータやサービスを合わせて、どんな便利な仕組みを作れるか?といったことを考えていました。

ーーえー面白そうじゃないですか。

今思うと、好きなことのど真ん中をやらせてもらっていました。すでに膨大な顧客データがあり、ネットワークやデバイスなど生活の基軸を押さえたビジネスが確立されている、という状況から企画できるのは、すごい恩恵ですよね。僕は「新しい当たり前を作る」という自分のミッションを掲げているのですが、正直ソフトバンクでも自分のミッションには近づけていたと思います。ただやはり大企業のスピード感の物足りなさや、社内政治に割く時間などがもどかしく「いつになったら自由に面白い仕事できるんだろう…?」と鬱屈とした気持ちでいました。ソフトバンクだと課長になれたとしても、おそらく40代。そこまでは待てなかったです。

ーーそもそもソフトバンクに入った理由は?

大学は化学系の学部で、半導体の研究をしていて修士課程も卒業しました。でも半導体を作っている内に半導体よりも、それが組み込まれているパソコンやスマホなどデバイスの方が好きになって…(笑)。

ーー28歳にして化学、テクノロジー、広告と業界を渡り歩いていますね!前職も今も企画のお仕事ですが、その魅力は?

パッションを持った人たちと、何かを創り上げるというのが好きなだけかもしれません。大学時代、学祭の実行委員の幹部をやっていたのですが、やり遂げた時の仲間とハイタッチして喜び合う、みたいな感覚がたまらないんですよね。楽しければいいのかよって、経営者としては全然ダメなこと言っている気がしますけど(笑)。あとは「これ俺が作ったの」って言って、褒められたいです!

おばあちゃんインフルエンサーの時代が来る⁈

ーーZEROはこれからどんな方向に向かっていくのでしょうか?

インフルエンサーマーケティング界の電通、博報堂を目指したい。世の中を熱狂させるようなアーティストを、ネットの世界から生み出していこう!と、チームで必死に取り組んでいるところです。最近は人気YouTuberと専属代理店契約を結ぶこともできましたし(記事下部にリンクあり)、今年はさらに加速していきます。

ーー楽しみです!土屋さん自身の、長期的な野望は?

おばあちゃんインフルエンサーをプロデュースなんて、やってみたいなと。

ーーおお!

いや、まだ考えているだけですよ?(笑)。ソフトバンク時代に3ヶ月ほど店舗でスマホを売っていたのですが、その頃から考えるようになりました。というのも、「スマホを使えるようになって人生変わった」というシニアの方が結構多かったのです。孫の写真がLINEで見られるようになった、とか。今後は、シニアにスマホの使い方や面白さを伝えつつ、SNSにももっと参加してもらえるようにできて、さらには彼らをインフルエンサーになるまでプロデュースできたら面白いな、と。シニアのITリテラシーを上げることにも繋がるので、ソフトバンクでやりたかったIoT事業の拡大や、「新しい当たり前を作る」自分のミッションに、実はプロモーション方面からも近づけるのではないかと思っています。ZEROは今はまだ地道に収益を上げていく時期ではありますが、そんなことを考えるのはとてもワクワクしますね。

略歴:インフルエンサーマーケティングの株式会社ZEROの代表取締役社長。広島生まれ山梨育ち。化学で修士号を取得するも、ソフトバンクに新卒入社、IoT事業部で3年企画をしたのち、インフルエンサーの広告代理店経営者に華麗な転身を遂げる。ミュージシャンを本気で目指していた時期もあったという芸術家肌。昔は髪の毛が青かったり赤かったりしたらしい。ニックネームは「どや」。

ZEROのホームページ

http://zeroinc.co.jp

ZEROプロデュースの耳フェチ動画(ASMR)。本当に耳が心地良い。騙されたと思って聞いてください。

https://www.youtube.com/watch?v=Lna5k2xOgA8&t=&fbclid=IwAR3TbNfHg3DGkKxmroTpgGHY_kDvEXCPCMIvVk7XOnqYgIB8ZZ9mUv6PQX0

人気YouTuber『丸の内OLレイナ』の専売代理店になったプレスリリース(2019.01.21)

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000035562.htm