音楽だけじゃない。破天荒ライブハウスがエンタメを変える

四ツ谷駅前の大通りを新宿方面に歩くこと約10分。感じの良いカフェの隣に佇む、赤と黒の2色看板。謎めいたポスターが並ぶ地下へ続く薄暗い階段を降りていくと、迎えてくれる怪しげな風貌の男性…こそがライブハウス、四谷アウトブレイク(以下アウトブレイク)の店長、佐藤boone学さん(38)だ。

ライブハウスを経営しながら、音楽ライブの域を超えた突拍子も無い企画を世に送り出す佐藤さん。お話を聞くと、自分も楽しみながらバンドを全力で応援する素敵な哲学が見えてきた。破天荒ライブハウスの物語、ぜひお楽しみください!

床から始まる店長の日常

ーーまずは店長の1日を教えてください。

1日はライブハウスの床から起き上がる所から始まります。

ーー最悪な1日のスタートですね…。

前日のライブでお酒を飲んで、そのまま床で寝てしまうことが多くて。1日の前半は事務仕事に費やします。出演予定のバンドに連絡を入れたり、チケットの予約の問い合わせに返信したりと、会社員みたいな仕事です。

音楽レーベルでCD製作をしたり、他のライブハウスでのイベント企画もしたりしているので、アウトブレイク以外の仕事の打ち合わせも入っていますね。

ーーライブって毎日あるんですか?

はい、ほぼ毎日やっています。アウトブレイク自体で企画したものと、外部の人が企画して場所だけ貸すものと、半々くらいですね。ライブの後はライブハウス内で打ち上げがあるので、また床で目覚める無限ループです。

ライブのシーンを撮るために、ドラマや映画の撮影に使われることもありますよ。あとは深夜にレコーディングもやっています。

ーーアウトブレイクは、どんなライブハウスだと思いますか?

はぐれ者が漂着してくる気がしますね。世の中には馴染めなかったけど、アウトブレイクでは素で楽しめる。そういう人が集まってきてくれるのは、やっぱり良いっすね。

ーー音楽ライブにとどまらない、数々の謎企画もアウトブレイクの個性の一つですよね。ぜひ少し紹介させてください。

佐藤さんのこだわりで、焼酎はキンミヤ焼酎しか置いていない

愉快な企画4連打

●献血ギグ

献血ギグは、アウトブレイク前に献血車を停めてもらい、献血をしてからライブをする/見るというものです。きっかけはもともと俺が献血が好きだったので、みんなにもやってもらいたいな、と始めました。

初めて献血を受けた時、結構落ち込んでいる時期だったんですよ。軽いリストカットみたいな気持ちで「針でも指すか」と献血ブースに吸い込まれていきました。

そこで気づいたのが、献血をすると圧倒的に感謝される、ということなんですよ。

ーーそれで病みつきになっていったのですね。

段々と楽しみ方も分かってきました。献血で400ミリ血を抜かれると、体がカラカラになるんです。そこで飲むビールが格別なんですよ。

しかも新宿の献血ブースから出てきた俺って、そこにいる人の中で間違いなく最も徳が高いじゃないですか。その気持ちも合わさった時に飲むビールが、本当に最高なんです。

ーー献血ギグはどう実現させたのですか?

まずは赤十字に話に行って熱意を伝えるのですが、まあ断られるんですよね。それでも、俺がいかに献血が好きかを語るトークライブに赤十字の人を呼ぶなどし、2年ほどかけてやっと献血車を呼ぶことができました。

2019年の1月6日に企画しているのですが、それが3回目になります。

バンドポスターの中に紛れるけんけつちゃん

●ヒッチハイクギグ

ヒッチハイクで遠くに行って帰ってきた後に、アウトブレイクでライブをするイベントです。早朝に起きて、遠方のヒッチハイクポイントまで行き、5組くらいのバンドが「せーの」でヒッチハイクを開始します。そしてライブハウスに戻って来られた順にライブする。

ーーヒッチハイクでライブ会場に行く訳じゃなく、わざわざ行って帰ってくるのですね。

これも深夜のノリで思いついて、その日のうちに日程もメンバーも決めちゃいました。1日置いたらやる気がなくなってしまうので、思いついたことはすぐ実現しちゃいますね。まあ、ほとんど失敗するんですけど(笑)。

ーーヒッチハイクの魅力は?

ヒッチハイクは技術です。上手な人なら、普通に車で行ってかかる時間の1.5倍の時間で、目的地に到着します。場所選びが大事で、見晴らしが良く、場所にゆとりのあるスポットがオススメです。運転手に考える時間を与えつつ、ストレスなく車を停車してもらえるためです。

ーーヒッチハイクギグの目的は…?

最初は悪ノリで始めましたが、後付けでこれは良い理由が付いています。バンドマンの努力や苦悩を可視化できる、ということです。バンドマンは30分のステージのために、何時間も家やスタジオで練習している。

本来はそんな努力は見せないんですけど、ヒッチハイクを通して「このステージのためにこんな頑張っているんだ!」というのをお客さんに見せられるんです。

Twitterで「雨が降ってきたけど車が捕まりません!」などバンドが随時更新するんですよね。それを見てからライブに来ると、いつも聞いてるバラードでもうるっと来たりするわけです。

●トイレのクラウドファンディング

アウトブレイクのトイレを世界一きれいにするため、クラウドファンディングで100万円集める試みです。目標金額は達成し、すでにピカピカのトイレになっています。

ーークラウドファンディングは佐藤さんの案ですか?

もともとクラウドファンディングのサイトを立ち上げる人を、知り合いから紹介されたんですよ。でも音楽系のクラウドファンディングってちょっと難しくて「CD作りたいので50万円ください!」と訴えても、「じゃあバイトすれば?」と言われてしまう。

そう思わせないために何ができるかな?と考えた時に、トイレだなと。ライブハウスのトイレって基本汚いし、お客さんが一番使うものでもあるし。

あとライブハウスって、いかにお客さんに楽しくお金使ってもらうかだと思うんです。せっかく映画とかお酒とか、他に使えたはずのお金を払って来てもらっているんだから。

「俺らライブハウスに1万円払ってるぜ」「しかもトイレにだぜ、ウケる」って思うと、それだけで楽しい。「ライブハウスにお金払うって楽しい!」と思ってもらえるよう、みなさんを調教していきたいのです。

ーー支援するとどんなリターンが?

トイレ使いたい放題権、トイレの命名権、トイレでレコーディングできる権、トイレで1泊できる権(誰も選ばなかった)、俺と行く四谷ご飯ツアーとか。なるべくバカバカしくするよう心がけました。

ーートイレ使いたい放題って、誰でも持っている権利ですね(笑)。

実はトイレ工事の日もイベントをやってしまいました。トイレ工事は1日かかるので、本来はライブハウスをお休みにしないといけないんですが、「待てよ」と。

せっかくなので「トイレ工事 VS ノイズバンド」というイベントを企画しました。トイレ工事の爆音とノイズバンドの爆音が競うイベントです。結構人も来てくれたんですが、唯一の誤算はトイレ工事が大してうるさくなかったということですかね。

工事の方にも趣旨は伝えてはあったのですが、ドアを開けた瞬間に「そういうことか…」と呟いて、中に消えてゆきました。

●佐藤さんの生誕祭

1週間に渡り、自分の誕生日を祝ってもらうというイベントです。好きなバンドに演奏してもらい朝までお酒を飲んで、最終日の最後に俺が人間魚拓をやるというのが定番で、かれこれ10年以上続いています。

ーー魚拓って何ですか?

魚に墨をつけて紙に転写して、釣った魚の原寸大を記録するものです。その人間版です。つまり俺が全身に墨を被り、布の上にダイブする。昔は墨で体がかぶれたりして大変でしたが、最近は自分にベストな墨も分かってきました。

その墨メーカーにも「お宅の墨は人間魚拓に最高だから、ぜひ一緒に何かしましょう!」とメールを送りまくっているのですが、一向に返信は来ません。

ーー愚問かもしれませんが、生誕祭はなぜやってるんですか?

今となってはなぜやっているかもよく分かりません。でも訳わからないイベントに人が集まってくれるのは、本当に嬉しいですね。なんとお客さんが人間魚拓後の掃除もしてくれます。

ーー(紹介しきれませんでしたが、他にも泊まり込みギグ、早朝ギグ、耳栓プロデュースなどの企画があります。記事最下部に佐藤さんのブログURLを貼ったので、気になる方はぜひチェックを!)

競合は居酒屋

ーー佐藤さんはいつからアウトブレイクに?

実はオープン当初からいます。もう14年前ですね。その時は副店長で、6、7年前から店長をやっています。

自分も今もバンドに属してはいますが、そんなにガツガツはやってないです。20代前半まではがっつりギターをやっていたんですが、「俺才能ないわ」と気づき、裏方に徹することに決めました。元々スタッフ気質なので、裏方が向いています。

ーー音楽一筋の人生に見えますが、音楽以外で好きなことは何ですか?

映画やお笑いも好きです。そもそもライブハウスは何やってもいいんですよ。うちもお笑いのライブもあれば映画の上映会もやるし、たまに落語をやったりもします。ライブハウスは単なる場所なので、楽しいことなら何でもいいじゃんと。

例えば、いつも全く違う会場でライブしていた音楽バンドと演劇グループがいたとします。両者がアウトブレイクで一緒にイベントをやれば、それぞれを見に来たお客さんも新しい発見ができますよね。世の中面白いことが本当にいっぱいあるので、それらを引き合わせたいです。

ーーそうするとライブハウスの競合は何になるんですか?

最大の敵は居酒屋です。俺自身もライブ行こうと思ったのに隣の居酒屋に入ってしまい、ライブ見逃したことが何回もあります。

ーーなるほど(笑)。私はオンラインのライブ配信などが競合になるのかな?とか思っていました。

ライブ配信は全然競合じゃないです。確実にライブハウスはオンラインが提供できないものを提供できるので、むしろ協力していきたいですね。ネットでライブを見て、実際に足を運んでみたくなるとか、その逆もありだし。

ーーでもライブハウスって、最初に足を踏み入れるハードルは死ぬほど高いですよね。

めちゃくちゃ高いです。最初は友達に連れられて来るパターンがほとんどなので、そこでどうやってまた来たい!と思わせるかですね。

好きなバンドが月に3回、別々のライブハウスに出演する時に「アウトブレイクの時に見に行こう」って選んでもらえるようにしたい。

それが受付の愛想の良さなのか、ドリンクの美味しさなのか、店の居心地の良さなのか考え続けて、個性を出して行くしかないですね。

ーーライブハウス業界自体の課題は?

ライブハウスが、もっとバンドと連携しても良いかなと思います。場所貸して終わりではなくて、一緒にイベントやCDを企画する。ライブハウスを頼りながら、バンドが自立して活動できるというイメージです。

バンドが「これしたい!」というアイディアを出してくれた時に、「グッズ作るならこの業者が安くて良いよ」とか「MV撮るならこんなカメラマンいるよ」という風に人に繋げて、ライブ演奏に限らず活動を手伝っていきたいですね。

ーーアウトブレイク自体の課題はありますか?

やっぱり数字との戦いです。自分が面白いと思う企画は、正直数字にはあまり結びつかない。稼ぐところで稼いで、面白い冒険もしっかりやる、というバランスですよね。

カメラに向かってふざけてくれた佐藤さん。

全く新しい物販への挑戦

ーー今後やってみたいことは?

全く新しい物販を生み出したいです、アイディアは全然まだないんですけど!結局お客さんがライブハウスでグッズ買うのって、本当にそのグッズが欲しいというより、バンドに対するお布施みたいなものだと思うんです。もっと分かりやすいお布施を作れないかな、と考えています。

ーーアイドルのチェキとか分かりやすいですよね。SHOWROOMでも投げ銭システムがありますよね。

そうですね、それをライブハウスレベルに落とし込みたい。この前実験的に試したのが、チャージバックを選択できるという仕組みです。お客さんは入店時にチケット代2000円を払うと、トランプ2枚を手渡されるんです。

そのトランプには1枚500円の価値があります。そしてライブを見終わって帰る時に、バンドごとに用意された箱にトランプを入れる。

ーー演奏が良いと思ったバンドにお金をあげられるシステムですね!

お客さんをたくさん呼んだバンドに実はあまりトランプが入ってなかったりして、結構シビアです。でもバンドもお客さんも刺激的だったみたいで。

バンドは自分の演奏でこのお金をゲットしたという感覚が生まれるし、お客さんは直接バンドに貢献できて、演奏を見ている時も気合いが入ります。この仕組みを発展させて、もっと楽しくライブのチケットやグッズを買えるようにしていきたいですね。

略歴:四谷の破天荒なライブハウス、四谷アウトブレイクの店長。東京生まれ、東京育ち。ライブハウスの枠組みを超えた謎の企画を多数生み出し、テレビ番組「月曜から夜更かし」に出演したこともあるらしい。どんなバンドもALL WELCOME!とのこと。特技は当たりの居酒屋を嗅ぎわけること。boone(ブーン)は学生時代からのニックネーム。

佐藤さんのブログはこちら。

https://www.boone4649.work