気軽に「ヴィーガン」を選べる時代に。菜食が意外にヒトゴトじゃない理由
「明日から植物性のものだけ食べて、生活してください」と言われたら、どうしますか?
何を食べたら良い?どこで食材を買ったら良い?どうやって料理したら良い?と、頭の中がハテナだらけになるはず。
そんな菜食のライフスタイルを選ぶ人(ヴィーガン)が、もっと暮らしやすい世の中にしたいと奮闘するのが、ヴィーガン事業で起業した現役大学生、工藤柊(しゅう)さん。じっくりお話を聞いてきました。
ヴィーガンでも、オムライスが食べられる?
―― ヴィーガン事業で起業した工藤さん。そもそもヴィーガンって、どんな方たちなんでしょう?
ヴィーガンは、ベジタリアンの強化版みたいなもの。ベジタリアンが肉や魚を食べないのに比べ、ヴィーガンは卵や乳製品も食べません。革製品の使用を避けるなど、食に限らず、動物性のものを避けるライフスタイルを選択している人も多いですね。
僕自身も高校3年生からヴィーガンなんですが、食材選びや料理の仕方には悩んできました。ヴィーガンと謳っているのに動物性の食材が使われているレシピも出回っているし、大豆ミート*などの菜食向けの食材も、どう調理したら良いか分からないし…。
そこで作ったのが、ヴィーガンレシピ投稿サイトの「ブイクック」。毎月約100件のレシピが投稿されていて、月に約3万人が見てくれています。
*大豆ミートは、大豆からタンパク質を取り出し、繊維状にしてお肉のように加工した食品のこと。
―― そんなにたくさん!どんなレシピが投稿されているんですか?
ヴィーガンの人って、サラダばっかり食べているイメージかもしれないですが、全然そんなことはないんですよ(笑)。たとえば湯葉で作るオムライスや、肉をお麩で代替した角煮とか。一般の料理好きなヴィーガンの方が投稿しているので、家庭で簡単に作れるレシピが集まっているのが特徴です。
―― 植物性の食材だけで、こんなにバラエティに富んだレシピが!このサイトの発起人が、工藤さんということなのですね。
はい。今の僕の主な活動は、ブイクックのデザインや機能の追加・改善や商品開発です。元々ブイクックは、NPO法人として活動していたのですが、今年4月に株式会社化し、レシピ事業を引き継ぎました。
―― レシピサイトで収益を出すのって大変そうなイメージなのですが、どうやっているのでしょう?
ここから本格的に進めていく段階です。
今年の8月に「世界一簡単にできる」がコンセプトのレシピ本を発売予定で、クラウドファンディングで870人に支援いただきました。
ヴィーガン食品の開発コンサルや、マーケティングリサーチといったお仕事も増えてきています。ヴィーガン向けの商品を開発したくても、メーカーさんの社内にヴィーガンの人がいない場合も多い。そんな時に頼ってもらっていますね。
おにぎりを食べ続けた2週間
―― 工藤さんは、高校3年生からヴィーガンなんですよね。高校生なんて、ガッツリ肉や魚を食べたいお年頃な気がするんですが、どうして工藤さんはヴィーガンに?
元から社会課題に関心があって、先進国と途上国の差などを考えることは多かったんです。生まれた地域が違うだけで、こんなに格差があっていいのか、と。でも食生活については、特に何も考えずに普通に肉を食べていました。
そんなある日、学校帰りに車で轢かれている猫を見つけたんです。もう近づかないと猫と判別できないくらい、ぺったんこに潰されていて。ショックを受けると同時に、人と人との格差だけではなくて、人と動物にもこんなに格差があるんだ、と気づいて。
家に帰ってすぐに調べてみると、2016年当時猫や犬は年間7〜8万匹が保健所で殺処分されている(2018年は約3万8千匹、NPO法人キャットセイビア ウェブサイト参照)と分かりました。
さらに豚は、1日6万頭が屠殺されていたんです(2018年は約4万5千頭、農林水産省:畜産物流通調査平成30年度版参照)。1年ではなく、1日の数字ですよ。動物の中でも、こんなに差があるんだな、と。
家畜のゲップやおならが、地球温暖化を進行させていること、家畜の放牧のために森林が燃やされていることなども、この時に知りました。
肉を食べているということは、少なからず自分もその問題の原因になっているということ。だったらまず自分ができることを変えたいと、家族に「今日から肉と魚、卵と牛乳も摂らない」と宣言しました。
いきなりすぎて母親は、「え、じゃあ何食べるの…?」という反応で。最初の2週間は自分でも何を食べたら良いか全く分からず、おにぎりや水炊きをひたすら食べていました(笑)。その後は母親が色々調べて料理してくれるようになり、すごくありがたかったです。
―― でも友達にご飯を誘われたときは、どうしていたんですか?一緒に行っても、同じものは食べられないですよね…?
焼肉とか、友達と一緒に行っていましたよ。でも自分が食べるのは、野菜とご飯だけ。
「全く辛くなかった」とは言い切れませんが、高校の時は幸い「ちょっと変わった奴」というキャラを確立していたんです。だから、そこまで浮くことなく続けられたのかもしれません。
ヴィーガンで友達と疎遠になる?
―― 自分でヴィーガンを実践するだけで十分、という人も多いはず。どうして、起業の道を選んだんですか?
一番のきっかけは、大学生の時にヴィーガンのイベントに行ったこと。そこで初めて、自分と同じライフスタイルを選ぶ人に会いました。
そうすると、スーパーに食材が売っていないとか、飲食店で食べるものがないとか、自分と同じ生きづらさを感じている人が、たくさんいると知りました。さらにヴィーガンを始めたことで、気軽に一緒にご飯を食べられなくなり、友達と疎遠になってしまったという人までいて。
動物や環境のことを思ってヴィーガンを選んだのに、その人自身の幸せが損なわれているのはすごく嫌だ。そんな人たちが生きやすい社会に変えたい。そう強く思ったんです。
とはいえ、すぐに起業に踏み出したわけではなくて。最初はブログで発信したり、大学の食堂でヴィーガンメニュー導入を推進する活動をしたりしていました。
大学には留学生が多かったこともあり、学食に菜食メニューはあったんです。でも毎日似たような野菜炒めのみで、これはひどいだろうと。そこで大豆ミートを使った唐揚げや肉味噌うどんを提案し、採用していただきました。
大学近くのヴィーガンカフェで、店長をやらせてもらったこともあります。すごく勉強になったけれど、狭いエリアに絞られた活動よりも、もっと広く影響を与えたいと感じるようになって。
そこで2018年の2月に NPO法人日本ヴィーガンコミュニティを設立しました。日本全国のヴィーガンの方々が、参加してくれています。
―― コミュニティ作りって、言うは易しだけど、実際すごく大変そう…。具体的に、どうやって人を集めたのですか?
全国を回りました。もう本当に、泥臭くやりました(笑)
SNSを駆使してヴィーガンの方と連絡を取りつつ、クラウドファンディングを実施。「コミュニティの仲間集めのために全国を回りたい!」という募集をして、集まったお金で全国のヴィーガンの方に会いに生きました。約300人の方と会ったり連絡をとったりして、約60人に仲間に加わってもらいました。
“言い訳”くらいはしたい
―― 学校を休学して起業したんですよね。私だったら何となく、卒業まで待とうかな…と思ってしまいそう。学生起業にハードルは感じなかったんですか?
むしろ大学生の方が、リスクが少ないと思ったんです。最悪失敗しても、大学に戻って普通に就職する選択肢だって、残っているわけで。
既に就職している方や、家族がいる方に比べて、一番動きやすい今の自分がやろうと思ってNPOを設立、そして起業しました。
―― ヴィーガンというと、環境保護や動物愛護の方向性で活動している人が多いイメージ。一方で工藤さんは、ヴィーガンの方の暮らしを楽にするという、人間にフォーカスした活動なのかなと感じました。その理由は何かあるのでしょうか?
もちろん環境問題や動物愛護の問題も深刻に捉えています。僕個人のヴィーガンの取り組みは、それらの問題を解決するための行動です。
しかし、ヴィーガンという選択だけでは、地球上の全ての問題を解決できるわけではありません。どちらかというと「この社会課題を解決する!」というよりは「せめて自分はその問題の原因にならないぞ」という気持ちで取り組んでいます。
次の世代に向けて、「何もしてませんでした」と謝ることしかできないのは、嫌じゃないですか。スーパーヒーローのように全部解決できなくても、“言い訳”くらいはできるように頑張りたい。
また僕自身が、誰かのことを考えて行動できる人が好きなんです。そんな人をサポートして、少しでもその人たちの幸せに貢献できればという気持ちで、個人でヴィーガンを実践するだけではなく、ブイクックの運営も始めました。
この一見地道で身近な活動が、動物愛護や環境保護といった大きなテーマにも繋がっていくと思っていて。
一般的には、「ヴィーガンに取り組む人がいるから、ヴィーガン用の食品やお店を作る」というベクトルの発想だと思うんです。でも僕は、「ヴィーガンを実践しやすい環境を先に作ることで、ヴィーガンを選ぶ人を増やす」という、逆の方向もあると思っていて。鶏が先か、卵が先かみたいな議論だけど。
だからこそ、ブイクックを通してヴィーガンを続けられる環境を整えて、ヴィーガンを選ぶ人を増やしたいと考えています。
―― 工藤さんは、これからベジタリアンやヴィーガンが、当たり前になっていくと思いますか?
はい、そう思います。たとえばヨーロッパやアメリカなどの多くの先進国では、レストランのメニューにベジタリアン用のページがあるのが当たり前。スーパーでも、お肉コーナーには大豆ミートが普通に並んでいます。
日本もそうなっていくのは時間の問題だと思うし、そのスピードを早められるよう僕も頑張りたいと思います。
さらに、ベジタリアンやヴィーガンの人口が一定以上増えれば、そこからは普及が加速すると思っていて。実は冷凍の餃子やハンバーグって、今でも一部は大豆ミートが使われているんです。なぜだと思いますか?
それは大豆ミートの方が、普通の肉よりも安いから。ヴィーガン用の食材は高価だというイメージを持つ人も多いかもしれませんが、原価的にはヴィーガン食品の方が圧倒的に安い。
だから大量に生産するようになれば、肉よりも大豆ミートの方が安く買えるようになる。そう考えると環境問題を特に気にしない人でも、「安いから」という理由で植物性のものを選ぶ人も増えるはず。
この前は、「お皿が汚れにくいから」という理由でヴィーガンを実践している方に出会い、僕もびっくりしたところで(笑)。ヴィーガンというライフスタイルを選ぶことにも、いろんな理由があっていいんです。そんな多様性も背景に、さらにヴィーガンは増えていくと思いますね。
―― 本当にいろんな理由があるんですね!菜食を生活に取り入れてみたいという人は、どこから始めれば良いでしょうか?
自分に無理のない範囲で始めてみてください。
僕の周りにも、家で食べる時だけ菜食で、外食の時は気にせず何でも食べる、という人もたくさんいます。肉は食べないけれど魚は食べる、というスタイルから始めても良いし、週に1度は肉を食べない日を作る、でも良い。
ブイクックの事業も、レシピだけでなく実際に食品を届けたり、もっと美味しく気軽に食べられる商品を開発したり、どんどん進化させるつもりです。気軽にヴィーガンを選べる世の中を目指して、全力で頑張っていきます!
(編集:かない、執筆:きしもと、写真:工藤さん提供)