人間も動物、気楽に行こう。「恐竜好き」を仕事にするまで

「恐竜が好き」「絵を描くのが好き」「カフェが好き」。

 仕事にするのがいかにも難しそうなこの3つ「好き」を、華麗なまでに職業にしている女性がいます。その方こそ、恐竜画家で「創作空間caféアトリエ」オーナーのCAN(キャン)さん。

 どうしたら、好きなことを仕事にできるのか?「恐竜が好き」に、気づいたきっかけは?一歩ずつ夢を叶えてきた、その歩みを聞きました。

画家とカフェ経営の二足の草鞋

――「恐竜画家」として活動するCANさん。恐竜と画家の掛け合わせ、新しいですね。具体的にどんな活動をしているんですか?

 まずは「恐竜画家」という名の通り、恐竜を専門に絵を描いています。もともと絵を描くのは大好きだったんですが、2年ほど前に出会った画家に影響を受け、本格的に活動を始めました。

1990年生まれ、大阪在住。恐竜画家。創作空間 caféアトリエオーナー。徳島県勝浦町「町ふるさと恐竜大使」。恐竜研究家を目指し信州大学理学部に入学。卒業後は2017年に 創作空間 caféアトリエ を開業。現在は各種文献やフィールドワークから得た恐竜の知識を生かし、現代版水墨画と呼ばれる筆を用いた恐竜の作品を描く。正確な恐竜の知識と、独特の筆さばきから生まれる作品は海外からの評価も高い。

「1日1恐竜」を掲げて、毎日恐竜の絵を描いてSNSにアップしたり、自分の絵をプリントした恐竜グッズを売ったりしています。

 最近はコラボレーションの機会も多くもらえるようになりました。昨年嬉しかったのは、恐竜の絵本を制作できたこと。児童文学作家として活躍されているくすのきしげのり先生のストーリーに沿って、絵を担当しました。

CANさんが絵を担当した絵本『6600万年前…ぼくは恐竜だったのかもしれない』。優しいストーリーと、大迫力の絵が見所。

 そのような活動をしていたところ任命されたのが、徳島県の恐竜大使。実は徳島からは近年恐竜の化石が相次いで発見されており、注目の地域なんです。

 なので恐竜研究の発表会なんかも開かれるんですが、研究発表ってすごく真面目で、難しそうなイメージありません?

 そこで、恐竜大使の出番。恐竜研究になじみのない人にも興味を持ってもらうため、研究発表の場やイベントで恐竜のライブペイント(絵を描く過程を見せるパフォーマンス)をしたり、絵本の紹介をしたりしています。

ライブペイントで描いた恐竜。書道家の祖母の影響もあり、墨と筆で描く白黒の世界にのめり込んだそう。

―― でも画家として生計を立てるって、とても大変そうに聞こえます…。

 生計を立てるという面では、カフェ経営の方がメインです。3年前から大阪で「創作空間caféアトリエ」というお店をやっています。

 このお店は絵を描くことやハンドメイドが好きな人が集まる、「美術部」みたいなカフェ。絵の具や色鉛筆といった画材はもちろん、コピック(漫画家も使うアルコールマーカー)も240色以上揃えていて、利用者は自由に使うことができます。

画材がズラリと並んだ「創作空間caféアトリエ」の様子。楽しそう!https://so-saku.com/

 1時間ごとの利用もできますが、フリータイムを使う人が圧倒的多数。たとえば土日祝日だと、2200円で1日中利用できます。 

 お客さん同士が絵を見せ合って仲良くなって、次は一緒に来店してくれたこともありました。絵が好きな人のコミュニティの役割を果たせていると思うと、嬉しいですね。

 今の私の活動を簡単にまとめると、恐竜画家とカフェ経営の二本柱です。家では大好きな恐竜の絵を描いて過ごし、お店では絵が好きな人から毎日刺激をもらっています。ほんと、最高ですね(笑)。画家もカフェも、「始めてよかったわぁ〜」と毎日思っています。

アクリル絵の具で描かれた恐竜たち。恐竜の表情、色、サイズ感、全てが可愛すぎる…!

芸大志望から理系に転身

―― 恐竜が好きになったきっかけは、なんだったんですか?

 父親が科学オタクだったのが影響して、昔から自然や生き物が大好きでした。でも恐竜に“どハマり”したのは、高校生の時です。

 昔から絵を描くのは好きで、恐竜にハマる前までは京都芸大を目指していました。そんなある日、図書館で受験勉強をしていた時に、なんとなく恐竜の専門書を手に取りました。その1冊が、私の人生を変えてしまったのです。

 その本を読むまでは、恐竜はゴジラのような架空の生物というイメージでした。でもその専門書には、「恐竜の足跡はこうだから、このくらいのスピードで歩いていたはずだ」「こんな骨があるから、こんな姿勢だったに違いない」という、科学的な根拠に基づく考察がずらりと並んでいたのです。

 ゴジラだと思っていた存在が、突然現実味を帯びた瞬間でした。「恐竜って、本当に生きていたんだ…!」という事実に、ショックを受けました。

 しかも恐竜は、「たった一回の隕石の衝突で絶滅した」と言われています。1億7千万年間も地球全体に繁栄していた生き物が、突然全滅するって、すごすぎませんか?

絵本『6600万年前…ぼくは恐竜だったのかもしれない』より。私もインタビューを経て、絶滅した恐竜に思いを馳せてしまいました…。

 宇宙のエネルギーを一身に受けて絶滅した恐竜のことを思うと切ないし、人間にも同じことが起きると想像したら怖い。そう考えたら、感情がぐちゃぐちゃになりました。

 この本がきっかけで、芸大志望から進路を一気に変えました。結果的に、信州大学理学部物質循環学科に進学しました。恐竜研究だと地質学科に進学する人が多いのですが、恐竜に絞らずに地球のことを全部勉強したいと思い、この学科を選びました。

―― 芸大から理学部って、すごい転換。でも物質循環学科って、どんな勉強をするのか1ミリも想像できないので、教えてください!

 例えば地球システム、植物生態学、火山学、地震学、岩石学、微生物学、大気環境学、雪氷学、古生物学、日本地質学など、あらゆる地球に関する学問を勉強しました。

 その中でも専門に選んだのは堆積学でした。恐竜の骨が見つかっている場所が、その当時はどんな環境だったのかを考察したり、化石が見つかりやすい場所がどうやってできるのかを考える学問です。

 授業はほとんどフィールドワークで、鎌やスケール、ヘルメットなどの道具を持って、先生の車で地層を見に行きます。

 砂を取って帰って研究室で粒度や成分を調べたり、地層をスケッチして観察したり、多分いま皆さんが想像している調査風景そのものを、実際にやっていました。

こんな場所でのフィールドワークもあったそう。

直談判の就職活動

―― 私から見たら映画の世界のようです…!大学卒業後は、やっぱり恐竜関係の道に?

 在学当時は、卒業後は恐竜の博物館に勤めるつもりだったので、学芸員の免許を取りました。さらに、恐竜研究が日本で最も盛んなのは福井県なので、「ここで働きたいんです」と福井の博物館に直談判しに行きました。

 でも、当時は日本の恐竜研究が確立され始めた時期だったこともあり、私のような学術レベルの人材を雇う余裕はない、海外で経験を積んで論文を書けるレベルの人じゃないと雇用は無理だ、と言われてしまいました。

 当時の私には、そこから進学のために勉強して、恐竜だけに人生を懸ける意気込みはありませんでした。もちろん落ち込みましたが、「ほな、就活やるしかないか」と。

恐竜研究の世界、厳しい。

 そして就職したのが、工場の水質調査と管理をする会社。慌てて就活を始め、たまたま受かった会社でしたが、地球環境には興味があったのでこの会社に入りました。工場の汚水が川に流れないようにする施設が機能しているかを点検する、技術職を担当していました。

 ですが、労働環境がとても厳しかったです。毎朝5時に起きて現場に行き、帰宅は夜の10時。長く続けるのは難しいな、と入社後1ヶ月後くらいから思うようになりました。そこで初めて、恐竜研究者以外にやりたいことって何だろう?と、真面目に考えるようになりました。

 そこで心に浮かんできたのが、カフェ経営。大学時代は年間100軒もカフェを巡るほど、カフェ好きでした。その時から、いつか自分のお店を持ってみたいな、と思い続けていました。

 いつかやるんだったら今やっちゃおうと考え、「夢を叶えます!」と豪語して、入社から約1年でその会社を退職しました。

腹が立って、気づいたこと

―― 恐竜でもカフェでも、好きなことにのめり込んじゃう姿勢、かっこいいです。ですがカフェを開こうと決めて、すぐに開けるものなのでしょうか?

 右も左も分からない状態だったので、退職して2年半くらいは、飲食店でアルバイトをしていました。

 でも飲食バイトのお給料はとても安く、最初は時給850円だったので、家賃を払うとお金がなくなりました。仕組みを理解しないままカードのキャッシング機能を使いまくり、お金を引き出せなくなる事件もありました(笑)。

  そこで、派遣会社の事務も並行することに。朝から夕方は派遣、夜と週末は飲食店。365日働き詰めの生活を続けていました。

夢を叶えると聞くとキラキラしているけれど、そこまでには大変な道のりが。

―― 1社目よりむしろハードになってる…?

 確かにそうですね。そんな時、自分で会社を経営している人に出会ったんです。下積みとしてカフェバイトを掛け持ちしている話をしたら、「本気でカフェを開きたいなら、秒でできるよ」と言われました。

 このとき正直、腹が立ちました(笑)。ですが同時に、カフェをやりたいと言い続けていた割に、本気で動き出せていなかった自分に気づいたのです。そこで一念発起。カフェ開業に向けてその経営者にアドバイスをもらいながら、本格的に開業準備をはじめました。

―― 「美術部のようなカフェ」という構想には、どうやってたどり着いたんですか?

 最初に構想していたのは、「恐竜カフェ」。大きな恐竜の骨が入り口に飾ってあって、恐竜の形のオムライスが食べられる、みたいな店を想像していました。でも、本当にお客さん来る?と言われて。考えてみれば確かにマニアックすぎるよね、と思い断念(笑)。

 カフェなんて100mに1店舗くらい既にあるんだから、差別化できて、お客さんが来続けてくれるコンセプトを考えないといけない。そこで、カフェ開業ノートを作って、アイディアを書き連ねていきました。

 そこで閃いたのが、絵を自由に描ける環境が意外に無いということ。外で画材を使える環境や、絵描き同士で繋がれる場所が無い。

 私は絵を描く趣味をずっと続けていて、飲食店バイトと掛け持ちでイラストレーターの仕事もしていました。なので「そんな場所あったらめちゃくちゃ行きたい!」と、自分でも強く思いました。これが「創作空間caféアトリエ」のコンセプトが、決まった瞬間でした。

 そこからクラウドファンディングや融資でお金を集め、2017年に何とか開業まで辿り着きました。最初の頃は、お客さんの数が少なくて不安になるときもありましたが、Twitterでバズったことも引き金になり、今は安定して経営できています。コツコツ発信するって、本当に大事です。

 振り返ると、「絵を描くのが好き」から創作カフェのアイディアにたどり着き、恐竜研究をしていたからこそ、正確に恐竜の絵を描くことができ…。今までのことで無駄なことはなかったんだな、と改めて感じます。

自分を「動物」と思って、生きる

―― 好きなことを、順番に仕事にしてきていますね。こんな風にやりたいことを実現できているのって、どうしてだと思いますか?

 私は自分を人間というよりも、動物だと思って生きています。

 みんな自分のことを、「人間」と意識しすぎていると思うのです。そのせいで、「ちゃんと生きなきゃ」「まっとうに仕事をしなきゃ」と考えすぎているのではないでしょうか。

 その辺にいる犬とか、ジャングルにいるゴリラは、もっと自由に生きているはずなんです。お腹が空いたらバナナでも探しに行って、眠くなったら寝て。

 自分のことを動物だと思うことで、「やりたいことは、やってまおー!」と、あまり深く考えずに挑戦できていると思います。

 そもそも地球上って、ものすごい数の生命体が存在しているんです。昆虫だけでも、1000京匹ほどいると言われています。自分の存在も、そんな膨大な数の動物の一つだと思ったら、なんか気が楽じゃないですか。

―― そんなに壮大な規模で考えたことがなかった、面白い。お話を聞いているとCANさんは、人やご縁を引き寄せる力があるように思えるのですが、その理由って何だと思いますか?

 人を大事にするからかな、と思います。その辺の居酒屋でも絵のイベントでも、出会った人とのご縁は大切にするようにしています。

 地球上には70億の人がいますよね。その中で出会える人なんて、本当に一握り。そんな確率で出会えたって本当に奇跡的だし、大事にしたいなって思うんです。

 私はこれからの目標として、画家としてもっと世界に出ていきたいとか、カフェの規模も広げていきたいとか、いろんな夢があります。それらを実現する過程でも、どんな人に出会って、どんな影響を与え合えるんだろうと思うと…。もう、ワクワクしかないです(笑)。

 自分のスタイルを貫きつつも、人からの刺激をたくさんも受けて、吸収していく。これからもそんな風に、一歩ずつ夢を叶えていきたいと思います。

お知らせ

この夏、恐竜画家CAN個展「恐竜大行進」開催決定!詳細はCAN公式ブログにて。

恐竜画家CAN公式ブログ:https://dinocan.com